プリメーラ・ディビシオン
スペインのサッカー1部リーグ
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プリメーラ・ディビシオン(西: Primera División)またはラ・リーガ(西: La Liga[1][2])は、スペインプロリーグ機構(LFP)が運営・統括する、スペインにおけるプロサッカーの最上位リーグである。
| ラリーガ EA SPORTS | |
|---|---|
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| 加盟国 |
|
| 大陸連盟 | UEFA |
| 創立 | 1929年 |
| 参加クラブ | 20 |
| リーグレベル | 第1部 |
| 下位リーグ | セグンダ・ディビシオン |
| 国内大会 |
コパ・デル・レイ スーペルコパ・デ・エスパーニャ |
| 国際大会 |
UEFAチャンピオンズリーグ UEFAヨーロッパリーグ UEFAカンファレンスリーグ |
| 最新優勝クラブ | FCバルセロナ (29回目) (2025-26) |
| 最多優勝クラブ | レアル・マドリード (36回) |
| 最多出場選手 |
アンドニ・スビサレッタ ホアキン・サンチェス (622試合) |
| 最多得点選手 | リオネル・メッシ (474得点) |
| テレビ局 |
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| 公式サイト | laliga.com |
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正式名称は、カンペオナト・ナシオナル・デ・リーガ・デ・プリメーラ・ディビシオン(西: Campeonato Nacional de Liga de Primera División)。
2023-24シーズンからコンピューターゲームの販売会社、エレクトロニック・アーツ(EA Sports)との提携契約により、ラリーガ EA SPORTS(LALIGA EA SPORTS)の名称が用いられる。
概要
スペインのプリメーラ・ディビシオンは、イングランドのプレミアリーグ、イタリアのセリエA、ドイツのブンデスリーガ、フランスのリーグ・アンとともに、欧州5大リーグを形成している[3]。
プリメーラ・ディビシオンには創設以来63チームが参加している。このうち9チームがチャンピオンを獲得しているが、レアル・マドリード(36回)とFCバルセロナ(29回)が他チームを圧倒しており、歴史を通じて概ねこの2クラブが2強を形成しているのがリーグの特徴でもある。
この2クラブの影響力の強さもあり、2023年現在、リーグ全体の市場価値ランキングではプレミアリーグに次いで世界2位に位置し[4]、Instagram、Twitter、Facebookなどのソーシャルメディアのフォロワー数はサッカー界で最も多い累計2億人を有する[5]。
2025-26シーズン時点のUEFAのリーグ係数では、プリメーラ・ディビシオンはイングランドのプレミアリーグ、イタリアのセリエAに続いて3位となっている[6]。プリメーラ・ディビシオンのクラブは、国際大会のUEFAチャンピオンズリーグ(20回)、UEFAヨーロッパリーグ(14回)、UEFAスーパーカップ(17回)、FIFAクラブワールドカップ(8回)で、最も多くのタイトルを獲得している。個人賞ではバロンドール(24回)、FIFA最優秀選手賞、FIFAバロンドール、ザ・ベスト・FIFAフットボールアウォーズ(21回)、UEFA年間最優秀選手およびUEFA欧州最優秀選手賞(12回)で最も多く受賞している。
2008年からはビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリア銀行とのスポンサーシップ契約によりリーガBBVA(リーガ・べべウベア, Liga BBVA)、2016年から2023年まではサンタンデール銀行によりラ・リーガ サンタンデール(LaLiga Santander)、2023-24シーズンからは、エレクトロニック・アーツと冠スポンサーを含む5年間の提携契約を結び、アルファベット表記では全て大文字、日本語表記では中黒を取り除いたラリーガ EA SPORTS(LALIGA EA SPORTS)の名称が用いられている[2]。
開催方式
競技形式
リーグ戦方式で行われ、8月から5月までに行われるシーズンの間に、各クラブは38試合、すべてのクラブと2試合(ホームで1試合、アウェーで1試合)対戦する。チームは合計勝ち点によってランク付けされる。チームは勝利で勝ち点3、引き分けで勝ち点1を獲得し、敗北は勝ち点を獲得できない。シーズン終了時の最高ランクのクラブが優勝となる。
順位決定方式
勝ち点が多い順に順位を決定。もし勝ち点が並んだ場合は下記の様な事例が優先される。
- 該当チームの直接対決の結果
- 得失点差
- 総得点
- フェアプレーポイントの少ない方
以上の優先順で順位を決定する。それでも順位が決定しない場合は、順位決定戦を行う。
降格
シーズン終了時点の下位3クラブがセグンダ・ディビシオンへ自動降格となる。
登録枠
登録人数は25名。そしてベンチを含めた各試合で登録できる人数は18名(1999-2000シーズンより移行)。EU加盟国及びEFTA加盟国の国籍を持つ選手は無制限に登録可能(2007年にACPの選手にもEU選手と同等の扱いとなった)。それ以外の国籍を持つ選手は3名のみ登録が認められているが、スペイン市民権(10年以上の居住が必要)を取得した選手や配偶者がEU加盟国のパスポートを保持している選手などはこの枠組みから外れる。
また、スペイン市民権はラテン・アメリカ出身の選手や、スペイン人と結婚した選手など、特定の条件を満たしている選手は必要居住期間が短縮される場合がある。日本では二重国籍が認められておらず、日本国籍を有する限りは外国人扱いとなるため、日本人のラ・リーガ挑戦の大きな障壁となっている。
移籍期間
基本は夏の移籍市場が7月1日〜8月31日までと、冬の移籍市場が1月1日〜1月31日までの2回。(冬の移籍期間の日程は変更の場合がある)ただし、後者の場合、移籍期限までに5試合以上の公式戦(カップ戦含む)に出場した選手は同リーグのチームに移ることは出来ない。上記以外の時期は、原則として移籍は禁止だが、選手の怪我等の理由(5ヶ月以上の欠場となる怪我の場合)で、特別に認められる場合がある。
累積警告
1人の選手につきイエローカード5枚、レッドカード1枚の警告を受けた時点で1試合の出場停止が科せられる。
試合日程・時間
毎節の試合は土・日・月曜日に分散されている。土曜日が18時、20時、22時キックオフの3枠、日曜日が12時、16時、18時、21時半キックオフの4枠、月曜日が21時半キックオフとなっている[7]。このうち土曜日22時はスペイン国内の地上波放送枠、日曜日12時はアジア市場拡大のための枠となっている[7]。
また試合日程の決定権はテレビ放映権を持つメディアプロ社にあり、試合2週間前まで日程が確定しないことがある[7]。また、放映権料と同様にレアル・マドリードとバルセロナが日程上優遇されているという指摘がある[7]。
2012-13シーズンより、曜日ごとの最終キックオフ時間が23時になった。また、原則1試合だった月曜日に複数試合開催されることになった[8]。
歴史
全国選手権創設前
1872年、アンダルシア州のウエルバにイギリスからサッカーが伝えられ、それから17年を経た1889年、スペイン初のサッカークラブであるレクレアティーボ・ウエルバが誕生。これを機にマドリード、バルセロナなどの大都市にも次々にサッカークラブが生まれた。1904年にはスペインサッカー連盟の前身団体が国際サッカー連盟(FIFA)に加盟し、1913年にはスペインサッカー連盟(RFEF)が設立された。1920年、アントワープオリンピック出場を主目的としてスペイン代表が創設され、銀メダルを獲得してスペイン国内に一大ブームを巻き起こした。
リーグ創設
1927年4月、アレナス・クルブ・デ・ゲチョのホセ・マリア・アチャ監督は全国選手権の創設を提案した。リーグの規模や参加クラブなどについて議論が重ねられた結果、スペインサッカー連盟(RFEF)は1929年にプリメーラ・ディビシオンを創設した。参加クラブは10クラブであり、コパ・デル・レイの優勝経験があったFCバルセロナ、レアル・マドリード、アスレティック・ビルバオ、レアル・ソシエダ、アレナス・クルブ、レアル・ウニオンはすべて選出された。それ以外には、コパ・デル・レイで準優勝の経験があったアトレティコ・マドリード、RCDエスパニョール、CEエウロパの参加が決定し、トーナメント戦を通じてラシン・サンタンデールが10クラブ目に選ばれた。
| 創設時の10クラブ | |||||
|---|---|---|---|---|---|
| クラブ | 本拠地 | 創設年 | リーグ 優勝 | 2024-25 所属 | 備考 |
| FCバルセロナ | カタルーニャ地域, バルセロナ | 1899年 | 29回 | プリメーラ | コパ・デル・レイ優勝32回 |
| レアル・マドリード | マドリード | 1902年 | 35回 | プリメーラ | コパ・デル・レイ優勝20回 |
| アスレティック・ビルバオ | バスク地域, ビルバオ | 1898年 | 8回 | プリメーラ | コパ・デル・レイ優勝23回 |
| レアル・ソシエダ | バスク地域, サン・セバスティアン | 1909年 | 2回 | プリメーラ | コパ・デル・レイ優勝3回 |
| アレナス・クルブ・デ・ゲチョ | バスク地域, ゲチョ | 1909年 | なし | セグンダ・フェデラシオン | コパ・デル・レイ優勝1回 |
| レアル・ウニオン | バスク地域, イルン | 1915年 | なし | プリメーラ・フェデラシオン | コパ・デル・レイ優勝4回 |
| アトレティコ・マドリード | マドリード | 1903年 | 11回 | プリメーラ | コパ・デル・レイ優勝10回 |
| RCDエスパニョール | カタルーニャ地域, バルセロナ | 1900年 | なし | プリメーラ | コパ・デル・レイ優勝4回 |
| CEエウロパ | カタルーニャ地域, バルセロナ | 1907年 | なし | セグンダ・ディビシオンRFEF | |
| ラシン・サンタンデール | カンタブリア地域, サンタンデール | 1913年 | なし | セグンダ・ディビシオン | |
1930年代
- アスレティックのリーグ支配
1929年の第1回大会を制したのはバルセロナであり、1931-32シーズンと1932-33シーズンにはレアル・マドリードが2連覇したが、初期のリーガでもっとも成功を収めたのはアスレティック・ビルバオだった。1929-30シーズン、1930-31シーズン、1933-34シーズン、1935-36シーズンに優勝し、1931-32シーズンと1932-33シーズンには2位となった。1934-35シーズンにはベティス・バロンピエが初優勝したが、これは現在でもベティスにとって唯一のリーグ優勝である。
- スペイン内戦
スペイン内戦中はリーグ戦そのものが中断され、1936-37シーズンから1938-39シーズンまでの3シーズンは行なわれていない。スペイン第二共和政下の1937年にはカタルーニャ地方やバレンシア地方のクラブが参加したリーガ・メディテラネア(地中海リーグ)が行なわれ、バルセロナが優勝した。70年を経た2007年、バルセロナはスペインサッカー連盟にリーガ・メディテラネアの公式タイトル承認を求めた。
1940年代
- 群雄割拠の時代
スペイン内戦終結後にプリメーラ・ディビシオンが再開されると、アトレティコ・アビアシオン(現在のアトレティコ・マドリード)、バレンシア、セビージャFCが台頭して強豪に成長した。スペイン内戦では多くのサッカー選手が犠牲となり、また他国への亡命や身柄の拘束などで選手を失ったクラブが多かったが、アトレティコは合併でチーム力強化を行なった。スペイン内戦前にはレアル・オビエドも強豪の一角だったが、内戦中にグラウンドが荒らされたために参戦の権利をアトレティコに譲り、1939-40シーズンと1940-41シーズンにはアトレティコが2連覇を飾った。また、内戦前の戦力が損なわれずに残っていたバレンシアは、1941-42シーズン、1943-44シーズン、1946-47シーズンに優勝を飾り、1947-48シーズンと1948-49シーズンに2位となった。セビージャは短期間だが黄金期を迎え、1939-40シーズンと1941-42シーズンに2位となったほか、1945-46シーズンには初優勝を飾った。1940年代後半にはバルセロナも強豪に成長し、1945-46シーズン、1947-48シーズン、1948-49シーズンに優勝した。1949-50シーズンと1950-51シーズンにはエレニオ・エレーラ監督に率いられたアトレティコが2連覇した。なお、フランシスコ・フランコ独裁政権は世界中から批判され、スペインサッカー界も長い間孤立を余儀なくされた。
1950年代
- スター選手の共演
1950年代はFCバルセロナとレアル・マドリードの2強のリーグ支配が開始された時代だった。1930年代から1950年代には外国人選手数に厳しい制限が課せられ、ほとんどの期間は外国人選手の登録は3人までに限られた。しかし1950年代、2強はルールの穴を突いてアルフレッド・ディ・ステファノ、フェレンツ・プスカシュ、ラディスラオ・クバラなど外国出身スター選手を出場させた。クバラに率いられたバルセロナは1951-52シーズンと1952-53シーズンに2連覇し、ディ・ステファノやプシュカーシュ、フランシスコ・ヘントなどが核となったレアル・マドリードは1950年代後半のリーグを支配した。1953-54シーズンと1954-55シーズンに2連覇し、1955-56シーズンはアスレティック・ビルバオが間隙を突いたが、1956-57シーズンと1957-58シーズンにもレアル・マドリードが優勝した。またこの時代のレアル・マドリードはUEFAチャンピオンズカップで5連覇を達成した。エレーラ監督に率いられたバルセロナは、ルイス・スアレスを擁して1958-59シーズンと1959-60シーズンに2連覇し、スアレスはスペイン人として初めてバロンドールを受賞した。
1960年代・1970年代
- マドリード勢の時代
1961年から1980年まではレアル・マドリードがプリメーラ・ディビシオンを支配し、この期間だけで14回も優勝した。1960-61シーズンから1964-65シーズンまで5連覇を達成し、その他にも2回の3連覇(1966-67シーズンから1968-69シーズン、1977-78シーズンから1979-80シーズン)を果たした。アトレティコ・マドリードも1965-66シーズン、1969-70シーズン、1972-73シーズン、1976-77シーズンの4回優勝したが、その他のクラブではバレンシアCFが1970-71シーズンに、ヨハン・クライフを擁したバルセロナが1973-74シーズンにマドリード勢の牙城を崩すのみに終わった。
- リーグ改編
1976-77シーズンまではプリメーラ(1部)、セグンダ(2部)、テルセーラ(3部)、ディビシオネス・レヒオナレス(4部以下、地域リーグ)という構成だったが、1977年にテルセーラとレヒオナレスが改編され、セグンダとテルセーラの間にセグンダ・ディビシオンBが創設された。これにより、1977-78シーズンからはプリメーラ(1部)、セグンダ(2部)、セグンダB(新3部)、テルセーラ(新4部)、レヒオナレス(新5部以下、地域リーグ)という構成に変更された。
1980年代
- バスクの時代
レアル・マドリードの栄光の時代は過ぎ去り、1980-81シーズンと1981-82シーズンにはレアル・ソシエダが初優勝を含む2連覇を飾った。1982-83シーズンと1983-84シーズンには、ソシエダと同じバスク州のクラブであるアスレティック・ビルバオが2連覇を達成した。
- キンタ・デル・ブイトレ
1984-85シーズンには、テリー・ベナブルズ監督がバルセロナを優勝に導いたが、1985-86シーズンから1989-90シーズンにはレアル・マドリードが2度目の5連覇を達成した。レオ・ベーンハッカー監督が指揮し、エミリオ・ブトラゲーニョ、マノロ・サンチス、マルティン・バスケス、ミチェル、ミゲル・パルデサ、ウーゴ・サンチェスなどを擁したチームはキンタ・デル・ブイトレ(ハゲワシ部隊)と称された。
1990年代
- エル・ドリーム・チーム
1988年にはヨハン・クライフがバルセロナ監督に就任し、1990-91シーズンにはエル・ドリーム・チームと呼ばれるチームで3年ぶりの優勝を飾った。1991-92シーズンのUEFAチャンピオンズカップでは決勝に進出し、ロンドンのウェンブリー・スタジアムで行なわれた決勝ではUCサンプドリア(イタリア)を破って初優勝を飾った。国内リーグでは1993-94シーズンまで4連覇を達成した。クライフ監督は在任中に国内外で10個のタイトルを獲得し、ひとりの監督によるタイトル数のスペイン記録を作った。エル・ドリーム・チームはジョゼップ・グアルディオラ、ロナルト・クーマン、ミカエル・ラウドルップ、ロマーリオ、フリスト・ストイチコフなどで構成された。1984年から1996年にかけて、リーガのトロフィーは2強が独占した。
- スーペル・デポル
1992-93シーズンから2003-04シーズンの12シーズンにおいて、デポルティーボ・ラ・コルーニャは計10シーズンで3位以内に入った。1994-95シーズンにはコパ・デル・レイで初優勝し、1995-96シーズンにはスーペルコパで初優勝。ハビエル・イルレタ監督に率いられ、1999-2000シーズンにはリーグ戦で初優勝を飾った。
1995-96シーズンにはアトレティコ・マドリードが19シーズンぶりのリーグ優勝を飾ったが、アトレティコはこの後長い低迷期に入ることになる。翌シーズンにはレアル・マドリードが優勝した。バルセロナではまたもオランダ人のルイ・ファン・ハールが監督に就任し、ルイス・フィーゴ、ルイス・エンリケ、リバウドなどの名選手を集め、1997-98シーズンと1998-99シーズンに2連覇した。1990年代、レアル・マドリードは国内リーグで2度しか優勝していないが、1997-98シーズンのUEFAチャンピオンズリーグでは決勝でユヴェントスFC(イタリア)を破り、32年ぶりの優勝を果たした。
2000年代
- バレンシアの躍進
エクトル・クーペル監督に率いられたバレンシアCFは1999-2000シーズンと2000-01シーズンのUEFAチャンピオンズリーグで準優勝した。後任のラファエル・ベニテス監督は2001-02シーズンにリーグ優勝し、2003-04シーズンには国内リーグとUEFAカップの2冠に導いた。
- ロス・ガラクティコス
国内外でバレンシアとタイトルを争ったのがレアル・マドリードであり、2000-01シーズンと2002-03シーズンにリーグ優勝し、1999-2000シーズンと2001-02シーズンにUEFAチャンピオンズリーグで優勝した。1999-2000シーズンのUEFAチャンピオンズリーグはバレンシア対レアル・マドリードというスペイン勢同士の決勝となり、レアル・マドリードが勝利した。2001-02シーズンはレアル・マドリードが決勝でバイエル・レバークーゼン(ドイツ)と対戦し、ジネディーヌ・ジダンが決勝点を決めて優勝した。2000年代前半から中盤にかけてのレアル・マドリードはロス・ガラクティコスと呼ばれ、ルイス・フィーゴ、ジダン、ロナウド、デビッド・ベッカムなどのスター選手が在籍した。
2004-05シーズン、ロナウジーニョを擁したバルセロナは21世紀初の優勝を飾り、2005-06シーズンには国内リーグとUEFAチャンピオンズリーグの2冠を達成した。レアル・マドリードはラウル・ゴンサレス、ルート・ファン・ニステルローイなどを擁し、2006-07シーズンと2007-08シーズンに2連覇した。
- バルセロナの黄金期
2000年代後半にはジョゼップ・グアルディオラ監督率いるバルセロナが新たな黄金期を迎え、ラ・マシアと呼ばれる下部組織出身選手(リオネル・メッシ、シャビ・エルナンデス、アンドレス・イニエスタなど)を中心としたチームで2008-09シーズンから2010-11シーズンまで3連覇した。グアルディオラ監督は在任中に国内外で14個のタイトルを獲得し、クライフの記録を破った。
2010年代
- 2強の独走優勝
2011-12シーズン、ジョゼ・モウリーニョ監督に率いられたレアル・マドリードはリーグ歴代最多の勝ち点100を記録し、32回目の優勝を飾った。また、得点数(121)、通算勝利数(32)、アウェーでの勝利数(16)もリーグ記録を更新した。しかし翌2012-13シーズン、フランセスク・ビラノバ監督率いるバルセロナが同じくリーグ歴代最多タイとなる勝ち点100を記録し優勝。ホームでの勝利数(18)はリーグ最多記録を単独で更新した。
- 新たな王者とスペインBIG3
2013-14シーズン、ディエゴ・シメオネ監督率いるアトレティコ・マドリードがレアル・マドリード、バルセロナと熾烈な優勝争いを繰り広げ、最終節に勝ち点差3の2位バルセロナとの直接対決に引き分け18シーズンぶり10回目のリーグ優勝を達成した。レアル・マドリード、バルセロナ以外のチームが優勝したのは2003-04シーズンのバレンシア以来10年ぶりのことであった。
2014-15シーズンから2019-20シーズンにかけてはバルセロナとレアル・マドリードがタイトルを分け合ったが、アトレティコ・マドリードはいずれのシーズンも3位以内に入っており、3強として扱われるようにもなった[9][10]。
2020年代
所属クラブ
- 2026-27シーズン
☆印はセグンダ・ディビシオンでの2025-26シーズンの成績。監督・本拠地などは2026年8月15日時点のもの。
結果
優勝クラブ
得点王
記録・統計
クラブ別成績
| クラブ名 | 優 | 二 | 優勝年度 |
|---|---|---|---|
| レアル・マドリード | 36 | 27 | 1931-32, 1932-33, 1953-54, 1954-55, 1956-57, 1957-58, 1960-61, 1961-62, 1962-63, 1963-64, 1964-65, 1966-67, 1967-68, 1968-69, 1971-72, 1974-75, 1975-76, 1977-78, 1978-79, 1979-80, 1985-86, 1986-87, 1987-88, 1988-89, 1989-90, 1994-95, 1996-97, 2000-01, 2002-03, 2006-07, 2007-08, 2011-12, 2016-17, 2019-20, 2021-22, 2023-24 |
| バルセロナ | 29 | 28 | 1929, 1944-45, 1947-48, 1948-49, 1951-52, 1952-53, 1958-59, 1959-60, 1973-74, 1984-85, 1990-91, 1991-92, 1992-93, 1993-94, 1997-98, 1998-99, 2004-05, 2005-06, 2008-09, 2009-10, 2010-11, 2012-13, 2014-15, 2015-16, 2017-18, 2018-19, 2022-23, 2024-25, 2025-26 |
| アトレティコ・マドリード | 11 | 10 | 1939-40, 1940-41, 1949-50, 1950-51, 1965-66, 1969-70, 1972-73, 1976-77, 1995-96, 2013-14, 2020-21 |
| アスレティック・ビルバオ | 8 | 7 | 1929-30, 1930-31, 1933-34, 1935-36, 1942-43, 1955-56, 1982-83, 1983-84 |
| バレンシア | 6 | 6 | 1941-42, 1943-44, 1946-47, 1970-71, 2001-02, 2003-04 |
| レアル・ソシエダ | 2 | 3 | 1980-81, 1981-82 |
| デポルティーボ | 1 | 5 | 1999-00 |
| セビージャ | 1 | 4 | 1945-46 |
| レアル・ベティス | 1 | 0 | 1934-35 |
| レアル・ラシン・クルブ | 0 | 1 | |
| ラス・パルマス | 0 | 1 | |
| サラゴサ | 0 | 1 | |
| スポルティング・ヒホン | 0 | 1 | |
| ビジャレアル | 0 | 1 |
出場試合数
- 2026年5月25日現在
| 順位 | 選手名 | 所属クラブ | 出場数 | 初出場 | 最終出場 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ビルバオ / バルセロナ / バレンシア | 622 | 1981 | 1998 | |
| ベティス / バレンシア / マラガ | 2001 | 2023 | |||
| 3 | オサスナ / A・マドリード / ビルバオ | 609 | 2004 | 2024 | |
| 4 | レアル・ソシエダ / A・マドリード / バルセロナ | 564 | 2010 | 2026 | |
| 5 | R・マドリード / ヘタフェ / バレンシア / ビジャレアル | 558 | 2008 | 2026 | |
| 6 | R・マドリード | 550 | 1994 | 2010 | |
| 7 | バジャドリード / A・マドリード / バルセロナ / セルタ | 543 | 1983 | 2002 | |
| 8 | セビージャ / R・マドリード | 542 | 1980 | 1997 | |
| 9 | セビージャ / R・マドリード | 536 | 2003 | 2024 | |
| 10 | R・マドリード | 523 | 1983 | 2001 |
得点数
- 2026年5月25日現在
| 順位 | 選手名 | 所属クラブ | 得点数 | 出場数 | 得点率 | 初出場 | 最終出場 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | バルセロナ | 474 | 520 | 0.91 | 2004 | 2021 | |
| 2 | R・マドリード | 311 | 292 | 1.07 | 2009 | 2018 | |
| 3 | ビルバオ | 251 | 278 | 0.90 | 1940 | 1955 | |
| 4 | R・マドリード | 238 | 439 | 0.54 | 2009 | 2023 | |
| 5 | A・マドリード / R・マドリード / ラージョ | 234 | 347 | 0.67 | 1981 | 1994 | |
| 6 | R・マドリード | 228 | 550 | 0.41 | 1994 | 2010 | |
| 7 | R・マドリード / エスパニョール | 227 | 329 | 0.69 | 1953 | 1966 | |
| 8 | グラナダ / バルセロナ / レオネサ / エルチェ | 223 | 353 | 0.63 | 1939 | 1955 | |
| 9 | スポルティング・ヒホン / バルセロナ | 219 | 448 | 0.49 | 1970 | 1987 | |
| 10 | セルタ / R・マドリード / デポルティーボ | 210 | 278 | 0.76 | 1943 | 1956 |
移籍金 in
| 順位 | 移籍金(€) | 年度 | 選手名 | out | in | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 148.00m | 2017-18 | → | |||
| 2 | 135.00m | 2017-18 | ||||
| 3 | 127.20m | 2019-20 | ||||
| 4 | 127.00m | 2022-23 | ||||
| 5 | 125.00m | 2026-27 | ||||
| 6 | 120.80m | 2019-20 | ||||
| 7 | 120.00m | 2019-20 | ||||
| 8 | 101.00m | 2013-14 | ||||
| 9 | 94.00m | 2009-10 | ||||
| 10 | 88.00m | 2013-14 |
移籍金 out
| 順位 | 移籍金(€) | 年度 | 選手名 | out | in | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 222.00m | 2017-18 | → | |||
| 2 | 120.00m | 2019-20 | ||||
| 3 | 117.00m | 2018-19 | ||||
| 4 | 80.60m | 2020-21 | ||||
| 5 | 80.00m | 2019-20 | ||||
| 2018-19 | ||||||
| 7 | 77.50m | 2022-23 | ||||
| 8 | 75.00m | 2014-15 | ||||
| 9 | 70.65m | 2022-23 | ||||
| 10 | 70.00m | 2019-20 |
国際大会での戦績
- UEFAチャンピオンズリーグ 優勝[注釈 1] 20回
- UEFAチャンピオンズリーグ 準優勝[注釈 1] 11回
- バルセロナ 3回 (1961, 1986, 1994)
- レアル・マドリード 3回 (1962, 1964, 1981)
- アトレティコ・マドリード 3回 (1974, 2014, 2016)
- バレンシア 2回 (2000, 2001)
- UEFAヨーロッパリーグ 優勝[注釈 2] 20回
- UEFAヨーロッパリーグ 準優勝[注釈 2] 8回
- UEFAカップウィナーズカップ 優勝[注釈 3] 7回
- バルセロナ 4回 (1979, 1982, 1989, 1997)
- レアル・サラゴサ 1回 (1955)
- アトレティコ・マドリード 1回 (1962)
- バレンシア 1回 (1980)
- UEFAカップウィナーズカップ 準優勝[注釈 3] 7回
- アトレティコ・マドリード 2回 (1963, 1986)
- バルセロナ 2回 (1969, 1991)
- レアル・マドリード 2回 (1971, 1983)
- マジョルカ 1回 (1999)
- UEFAカンファレンスリーグ 準優勝 2回
- レアル・ベティス 1回 (2025)
- ラージョ・バジェカーノ 1回 (2026)
- UEFAスーパーカップ 優勝 17回
- レアル・マドリード 6回 (2002, 2014, 2016, 2017, 2022, 2024)
- バルセロナ 5回 (1992, 1997, 2009, 2011, 2015)
- アトレティコ・マドリード 3回 (2010, 2012, 2018)
- バレンシア 2回 (1980, 2004)
- セビージャ 1回 (2006)
- FIFAクラブワールドカップ / インターコンチネンタルカップ 優勝 12回
- レアル・マドリード 8回 (1960, 1998, 2002, 2014, 2016, 2017, 2018, 2022)
- バルセロナ 3回 (2009, 2011, 2015)
- アトレティコ・マドリード 1回 (1974)
- FIFAインターコンチネンタルカップ 優勝 1回
- レアル・マドリード 1回 (2024)
批判および問題点
- 2018-19シーズン、ラ・リーガは米国のスポーツイベント運営会社Relevent Sportsと15年契約(米国におけるリーグの商業展開を目的)を締結した。この契約には、毎シーズン1試合を米国で開催する可能性が含まれており、 ラ・リーガ会長の ハビエル・テバス は、「2025-26シーズンには公式戦を米国で実施できるかもしれない」と述べていた。しかし構想発表直後から、スペイン国内の複数クラブおよび選手団体が強く反発した。特にレアル・マドリードやアスレティック・ビルバオなどのクラブは、「ホーム&アウェイ方式の公平性が損なわれる」として断固反対の立場を表明した。選手協会(AFE)も移動距離・時差・コンディション面の懸念を理由に抗議を行い、リーグ戦の一部試合で選手たちが試合開始直後に静止するデモンストレーションを行った[11]。2025年、ラ・リーガはFCバルセロナ対ビジャレアルCFのリーグ戦をアメリカ・フロリダ州マイアミのハードロック・スタジアムで開催する計画を発表した。試合日は同年12月20日に予定され、実現すれば史上初のラ・リーガ公式戦の国外開催となるはずであった。しかし、クラブ側の合意形成や選手会の承認、さらにはスペイン国内の世論が整わなかったことから、ラ・リーガとRelevent Sports Groupは2025年10月21日に試合の中止を発表した。リーグ側は声明で「この試合はスペインサッカーの国際化にとって歴史的な機会だったが、現時点では実施できない」とコメントした[12]。
- プリメーラ・ディビシオンに所属する各クラブのファンは数多くの選手に対して人種差別的な発言を浴びせてきた歴史があり、サミュエル・エトー、ダニエウ・アウベス、ロナウド、ロベルト・カルロス、マルセロ、カルロス・カメニ、イニャキ・ウィリアムズ、久保建英、アレハンドロ・バルデ、ヴィニシウス・ジュニオールが被害を受けた[13][14][15][16]。一方で人種差別発言を選手に浴びせたファンに対して厳罰を処すなどの対応も行われている[17][18]。
備考
シーズン別大会名
- Primera División(1929-2008)
- Liga BBVA(2008-2016)
- LaLiga Santander(2016-2023)
- LALIGA EA Sports(2023-2028)
観客動員数
2016-17シーズンの平均観客動員数は2万6247人で、欧州リーグで3位であった[19]。
テレビ放映権
各クラブが個別に放映権について放送局と交渉し契約を結んでいたため、長年リーグ全体の放映権収入の41%がバルセロナとレアル・マドリードの2チームに渡る不均衡が続いていた。しかし2016-17シーズンからはリーガによって一括管理され、放映権による収益全体の45パーセントはプリメーラ(1部)のクラブに均等に分配され、22.5パーセントは直近5年間に行われたリーグ戦の成績を参考に配られることになり、さらに他の22.5パーセントは観客動員数などの要素を考慮して支払われ、残りの10パーセントはセグンダ(2部)へ渡ることとなった[20]。