サン=ジュスト=サン=ランベール

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(département) ロワール県
(arrondissement) モンブリゾン郡
Saint-Just-Saint-Rambert

行政
フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏
(département) ロワール県
(arrondissement) モンブリゾン郡
小郡 (canton) サン=ジュスト=サン=ランベール小郡
INSEEコード 42279
郵便番号 42170
市長任期 オリヴィエ・ジョリー
2014年-2020年
自治体間連合 (fr) fr:Communauté d'agglomération Loire Forez
人口動態
人口 14448人
2014年
人口密度 356人/km2
住民の呼称 Pontrambertois(es)
地理
座標 北緯45度30分01秒 東経4度14分26秒 / 北緯45.5002777778度 東経4.24055555556度 / 45.5002777778; 4.24055555556座標: 北緯45度30分01秒 東経4度14分26秒 / 北緯45.5002777778度 東経4.24055555556度 / 45.5002777778; 4.24055555556
標高 平均:? m
最低:358  m
最高:673 m
面積 40.63km2
Saint-Just-Saint-Rambertの位置(フランス内)
Saint-Just-Saint-Rambert
Saint-Just-Saint-Rambert
公式サイト
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サン=ジュスト=サン=ランベールSaint-Just-Saint-Rambert)は、フランスオーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏ロワール県コミューン。1973年にサン・ジュスト・シュル・ロワールとサン・ランベール・シュル・ロワールが合併して誕生した。よって、前者の住民は自らをLes Pontois、後者の住民は自らをLes Rambertoisという。

鉄道

グランジャン・ダム下流の最初のコミューンである。

20世紀初頭に撮影されたサン・ランベールの鉄道駅

かつて、サン=ジュスト=サン=ランベールには、サン・ジュスト・シュル・ロワール・ア・フレス-ユニウー路線の駅があった。この路線は1955年に開始したグランジャン・ダム建設で水中に沈んだ。1885年から1939年まで、サン=ジュスト=サン=ランベールの駅には旅客列車が停まっていた。

歴史

サン・ジュスト・シュル・ロワール

サン・ランベールと同様に、サン・マルタン教会は1183年にはイル・バルブ修道院に依存していた[1]

サン・ジュスト・シュル・ロワールは産業の町であった。その歴史は河川運送業、染色業、ガラス工芸、金属加工と結びついている。ロワール川のほとりに位置するサン・ジュストは19世紀半ばまで、ランベルト(rambertes)の出発地点であった[2]。船は石炭やその他の物品を時にはナントまで運搬していた。

1937年、レトラ集落とブリゼのホッグバックは、『ブリゼのヴィーナス』(fr)像が発掘されて以降有名になった。

サン・ランベール・シュル・ロワール

ガロ・ローマ時代のOcciacumと名付けられた村を起源に持つサン・ランベール・シュル・ロワールは、イル・バルブ修道院に寄進された[3]。修道士たちが小さな修道院をつくり、その地をサンタンドレ・デゾルム(Saint-André-des-Olmes)と改名した。

1038年、聖ラグネベルト(fr)の聖遺物がサン・ランベールにもたらされると、村は最終的に聖人の名を名乗るようになり、その後重要な巡礼地となった。

平野と川を見下ろす丘の上にたてられたサン・ランベールは、2つの城壁に囲まれていたが、現在ではいつかの要素が残るのみである。

人口統計

1962年 1968年 1975年 1982年 1990年 1999年 2006年 2014年
7419 8156 9010 10533 12299 13192 14809 14448

参照元:1962年から1999年までは複数コミューンに住所登録をする者の重複分を除いたもの。それ以降は当該コミューンの人口統計によるもの。1999年までEHESS/Cassini[4]、2006年以降INSEE[5][6]

史跡

姉妹都市

脚注

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