グループ名の意は英国のバンド、ザ・シャドウズのヒット曲「サベージ」(邦題)「あらくれ」であるが、ネーミングとは対照的に穏かで紳士的なステージングを見せていた。1967年のザ・シャドウズ、来日公演の前座を務めた事もある。
1965年に大学生だった奥島・林・松田・近藤(間もなく大場に交代)がエレキバンド「ザ・サベージ」としてデビュー。同年に松田と大場が脱退し、元テディ・ボーイズの寺尾・渡辺純一が加入し、「勝ち抜きエレキ合戦」や「世界へ飛び出せ(ニュー・エレキ・サウンド)」といったテレビのバンド番組で優勝し、ホリプロダクションの堀威夫社長の目にとまり、当時で言うカレッジポップスのバンドとしてフィリップスレコードより「いつまでもいつまでも」でレコードデビュー[1]。
その後はフォーロックなど様さまざまなジャンルの曲を発表していくこととなった。活動期間は長くはなかったものの、デビュー曲の「いつまでもいつまでも」やそれに続く「この手のひらに愛を」がヒットし、奥島キャプテン(当時ファンからこう呼ばれた)の甘いマスクもあいまって、サベージは一躍高校生大学生の人気者となった。デビュー当時は、ジャッキー吉川とブルーコメッツ、ザ・スパイダースと共に3大人気グループとして脚光を浴びた。
1966年11月に渡辺昌宏が加入。1967年1月に寺尾が脱退し、原が加入するも3月に林が脱退。1967年に渡辺純一が亡くなり、1968年に解散。その後原一夫を中心に藤島サトル[2]らと再結成しステージ活動をしたのち1969年中(時期不詳)には活動を停止した。