シェイクン・アンド・スタード
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| 『シェイクン・アンド・スタード』 | ||||
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| ロバート・プラント の スタジオ・アルバム | ||||
| リリース | ||||
| ジャンル | ロック | |||
| 時間 | ||||
| レーベル | Es Paranza | |||
| プロデュース | ティム・パーマー、ロバート・プラント、ベンジ・ルフェーヴル | |||
| 専門評論家によるレビュー | ||||
| チャート最高順位 | ||||
| ゴールドディスク | ||||
| ゴールドディスク(RIAA)[9] | ||||
| ロバート・プラント アルバム 年表 | ||||
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『シェイクン・アンド・スタード』(原題:Shaken 'n' Stirred)は、イギリスのロック・ボーカリスト、ロバート・プラントが1985年に発表した、ソロ名義では3作目のスタジオ・アルバム。
バック・バンドのメンバーの大部分は、前2作『11時の肖像』(1982年)、『ザ・プリンシプル・オブ・モーメンツ』(1983年)と同じ顔ぶれだが、本作では新メンバーのリッチー・ヘイワードがドラムスを担当した[10]。また、後にカーヴのメンバーとして活動するトニ・ハリデイがボーカルで参加しており、ハリデイはプラントの次作『ナウ・アンド・ゼン』(1988年)にも参加した[11]。
音楽的には、プラントの意向によりキーボードを強調した作風となった[12]。ヘイワードは本作の制作時の状況に関して「ロバートは、1980年代中期において現代的であろうとすることで頭が一杯だった。当時のイングランドの音楽は、不幸なことに、電子的で無機的な方向性に捻じ曲がっていた。ロバートもそれを望んでいたけど、彼のバンドには俺と同世代の、本物の楽器を演奏して育ってきた連中がたくさんいたから、ロバートのためにモダンな音を作ろうってことで妥協したのさ」「俺はシモンズのパッドも5つ、自分のキットに取り入れたけど、本来のキットを撤収する気にはならなかった」と語っている[13]。
反響・評価
全英アルバムチャートでは19位に終わり、プラントのソロ・アルバムとしては初めて全英トップ10入りを逃す結果となった[2]。全英シングルチャートでは「ピンク・アンド・ブラック」が95位、「リトル・バイ・リトル」が83位を記録した[14]。
アメリカでは本作がBillboard 200で20位を記録し[3](ラジオ&レコーズでは1985年5月17日付から5週間連続1位を記録)、1985年7月18日にはRIAAによってゴールドディスクに認定された[9]。「リトル・バイ・リトル」はBillboard Hot 100で36位に達して、プラントのソロ・シングルとしては3度目の全米トップ40入りを果たした[3]。また、『ビルボード』のメインストリーム・ロック・チャートでは「リトル・バイ・リトル」が1位、「シクシーズ・アンド・セヴンズ」が18位を記録した[3]。
Mike DeGagneはオールミュージックにおいて5点満点中3点を付け「典型的なキーボード・ポップ/ロックを含む化粧を施した部分もあるが、ボーカル及びその他のいずれも多様性を保っており、このアルバムが埋もれてしまうことを防いでいる」と評している[15]。また、『ピープル』誌のレビューでは「『ザ・プリンシプル・オブ・モーメンツ』では、ブルースのリフを個性的な形で再生させていたが、『シェイクン・アンド・スタード』はプラント流のダンス・パーティーを表現している」と評されている[10]。