シェーン・ラーキン
From Wikipedia, the free encyclopedia
|
アナドル・エフェスSKでのラーキン(2025年) | |
| アナドル・エフェスSK No.0 | |
|---|---|
| ポジション | PG |
| シュート | 右手 |
| 基本情報 | |
| 愛称 | Sugar Shane |
| 国籍 |
|
| 生年月日 | 1992年10月2日(33歳) |
| 出身地 | オハイオ州シンシナティ |
| 身長 | 180cm (5 ft 11 in) |
| 体重 | 80kg (176 lb) |
| ウィングスパン | 180cm (5 ft 11 in)[1] |
| キャリア情報 | |
| 出身 | マイアミ大学 (フロリダ州) |
| ドラフト | 2013年 18位 |
| 選手経歴 | |
| 2013-2014 2014-2015 2015-2016 2016-2017 2017-2018 2018- |
ダラス・マーベリックス ニューヨーク・ニックス ブルックリン・ネッツ ボストン・セルティックス |
| 受賞歴 | |
| |
|
Stats Basketball-Reference.com | |
|
Stats NBA.com | |
| 代表歴 | |
| キャップ |
|
デシェイン・デイビス・ラーキン(DeShane Davis Larkin 1992年10月2日 - )は、アメリカ合衆国・オハイオ州シンシナティ生まれ、フロリダ州オーランド出身のバスケットボール選手。アナドル・エフェスSK所属。トルコ代表。
父は元MLB・シンシナティ・レッズの名遊撃手で、アメリカ野球殿堂入りのバリー・ラーキンである[2]。
生い立ち
父のバリーがシンシナティ・レッズでプレーしていた関係で、オハイオ州シンシナティで生まれた。但しMLBのオフシーズンは、自宅のあるフロリダ州オーランドで過ごすという生活を送っていた。父の引退後はオーランドで生活することになる。シェーンは偉大な父の後を追い、野球を始めたが、それと同時にバスケットボールもするようになった。しかし、中学生の時にリトルリーグのコーチとソリが合わずに野球を止め、バスケットボールに専念することになる[3]。
NBA(2013-2016)
ダラス・マーベリックス(2013-2014)
地元オーランドの高校で活躍したラーキンは、マイアミ大学でも中心選手として活躍し、2013年のNBAドラフトにアーリーエントリーを表明。ドラフトでは18位でアトランタ・ホークスから指名されたが、直後のトレードで交渉権がダラス・マーベリックスに移動した。しかしサマーリーグで左足首を骨折してしまい[4]、その影響でルーキーシーズンは45試合の出場に止まった。
ニューヨーク・ニックス(2014-2015)
2014年7月、大型トレードでニューヨーク・ニックスに移籍[5]。シーズン開幕戦の10月29日のシカゴ・ブルズ戦でスタメン出場を果たした。
ブルックリン・ネッツ(2015-2016)
2015年7月2日、ブルックリン・ネッツと2年300万ドルで契約[6]。シーズン終了後にプレーヤーオプションを行使せず、自身の価値を確かめる為にFAとなった[要出典]ものの、NBAチームからのオファーを獲ることは出来なかった。
サスキ・バスコニア(2016-2017)
2016年8月10日、リーガACBの強豪サスキ・バスコニアと契約[7]。2017年5月14日、2016-17シーズンのリーガ2ndチームに選出された[8]。
NBA復帰、ボストン・セルティックス(2017-2018)
2017年7月20日、ボストン・セルティックスと契約し、1年でNBA復帰を果たした[9]。
再びヨーロッパへ、アナドル・エフェスSK(2018-)
2018年からはアナドル・エフェスSKでプレーしている。
2019年11月29日に行われたFCバイエルン・ミュンヘン戦で49得点を記録し、ユーロリーグの1試合得点記録を更新した[10]。