シモン・ギラン
From Wikipedia, the free encyclopedia
パリかノワイヨンで生まれた。父親のニコラ・ギラン(Nicolas Guillain: 1550-1639)は彫刻家で、父親や父親の弟子の彫刻家のジャック・サラザン(Jacques Sarrazin: 1592-1660)から彫刻を学んだ。ローマで修行し、アレッサンドロ・アルガルディ(1598-1654)にも学んだとされる。1612年にフランスに戻り、1627年にルイ13世によって国王の彫刻家(sculpteur du roi)に任命された。父親とともに墓標なども制作し[3]、多くの貴族たちから注文を受けて居城の装飾彫刻を制作した。1647年に、パリのシャンジュ橋に王立像を制作したが、この橋は後に建てかえられた[4] · [5][6][7]。
1648年に王立絵画彫刻アカデミーの創設会員となり、最初の12人の教授の1人となった。シモン・ギランの弟子にはジル・ゲラン(Gilles Guérin:1611–1678) やミシェル・アンジェ(Michel Anguier:1612-1686)がいる。
1658年に69歳でパリで亡くなった。同名の息子シモン・ギラン2世(Simon Guillain II:1618-1658)も彫刻家になった[8]。