シャバーズ・シャリフ

パキスタン首相 From Wikipedia, the free encyclopedia

ミヤーン・ムハンマド・シャバーズ・シャリフ英語: Mian Muhammad Shehbaz Sharifパンジャーブ語ウルドゥー語: میاں محمد شہباز شریف1951年9月23日[4] - )は、パキスタン政治家。第24代(2022年 - 23年)[5]、第25代(2024年 - )首相パキスタン・ムスリム連盟ナワーズ・シャリーフ派 (PML-N) 総裁。以前にパンジャーブ州首相英語版を3度務め、パンジャーブ州の最長の首相になった[6]

生年月日 (1951-08-23) 1951年8月23日(74歳)
出生地 ラホール
在任期間 2024年3月3日 - 現職
概要 生年月日, 出生地 ...
シャバーズ・シャリフ
میاں محمد شہباز ش
Mian Muhammad Shehbaz Sharif
生年月日 (1951-08-23) 1951年8月23日(74歳)
出生地 ラホール
所属政党 パキスタン・ムスリム連盟ナワーズ・シャリーフ派
在任期間 2024年3月3日 - 現職
大統領 アリフ・アルヴィ
アースィフ・アリー・ザルダーリー
在任期間 2022年4月11日 - 2023年8月14日
大統領 アリフ・アルヴィ
在任期間 2018年 - 現職
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兄は首相を3度務めたナワーズ・シャリーフ

経歴

1951年9月23日パンジャーブ州ラホールで生まれる。1988年にパンジャーブ州議会議員、1990年に国民議会議員にそれぞれ初当選。1993年に再びパンジャーブ州議会議員に転じ、野党院内総務に指名された。1997年2月20日、国内で最も人口の多い州であるパンジャーブ州の首相に選出されたが、1999年のクーデターサウジアラビアに亡命。2007年に帰国した。2008年の総選挙でPML-Nがパンジャーブ州において勝利すると、再び州首相となった。州首相には2013年の総選挙後にも再選され、2018年の総選挙でPML-Nが敗れるまで在任した。首相在任中は有能で仕事熱心であるとして、高い評価を受けていた[7]。兄のナワーズ・シャリーフパナマ文書のスキャンダルで公職を解かれると、後任のPML-N総裁となり、2018年の総選挙後には野党院内総務にも指名された[8]

2019年12月、息子のハムザ英語版とともに国家説明責任局 (NAB) からマネーロンダリングの容疑で起訴され、23の不動産を凍結された。2020年9月28日にはNABによってラホール高等裁判所に収容されたが[9][10]、2021年4月14日に保釈された[11]。2022年10月12日、ラホールの特別裁判所は汚職とマネーロンダリングのすべての容疑に関して、シャバーズとハムザに無罪の判決を下した[12]。それに先立つ4月11日には、首相イムラン・カーンへの不信任決議が可決されたことをうけて、後任の首相に指名されていた。

2025年9月、中国で開催された上海協力機構第25回首脳会議中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利80周年記念式典に出席した[13]

2025年9月、各国首脳とともに天安門の楼上に向かうシャリフ(右から2番目の人物)

2025年9月17日、サウジアラビアを訪問してサウジアラビア王国王太子兼首相ムハンマド・ビン・サルマーンと会談して軍事同盟である戦略的相互防衛協定英語版に署名した[14]。パキスタンがサウジに核の傘を提供する可能性が報じられた[15]

2026年2月28日に勃発したイスラエルとアメリカ合衆国とイランの軍事衝突では仲介役に動き、数週間の交渉を経て、4月8日にイランアメリカ合衆国、それに両国の同盟国がレバノンを含むあらゆる場所での即時停戦に合意したと発表した[16]。同日、関係各国および、停戦仲介で決定打になったとされる中国への謝意も表明した[17]。6月17日には、軍事行動の即時かつ恒久的な終結を宣言する覚書への両国の大統領の署名を確認し、覚書が発効したと発表した[18]

脚注

外部リンク

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