シャルカニ
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地理
歴史
シャルカニはポロヴェツ族の都市とみなされているが、その元来の住人は定住化したアラン人であり、そこにポロヴェツ族が融合したものである[4]。 1111年(サリニツァ川の戦い)、1116年に[6]、シャルカニはウラジーミル・モノマフ等の率いるルーシ諸公国軍に占領された。その後、12世紀から13世紀初頭において、シャルカニは次第に衰退した[7]。さらに1223年には、モンゴル帝国のジェベ・スブタイの侵攻(ru)を受けて破壊された。同年のカルカ河畔の戦いの後も、数年の間住人が残っていたが、1237年のバトゥを長とするモンゴルのルーシ侵攻の際には、残りの住人もシャルカニからの離脱を余儀なくされ、シャルカニは放棄された。