シャルル・アイザン
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フランス北部のヴァランシエンヌで生まれた。父親のフランソワ・アイザン(François Eisen: 1695-1778/1798)はブリュッセル生まれで20歳ころからヴァランシエンヌに移り、教会の装飾画を描いた画家であった[1]。父親に学んだ後、1742年にパリの画家、版画家のジャック=フィリップ・ルバ(Jacques-Philippe Le Bas: 1707-1783)に学んだ。パリ市の画家組合、アカデミー・ド・サン・リュク(Académie de Saint-Luc)で修行を続け、後にこのアカデミーの副校長になった[1]。ルイ15世の公妾、ポンパドゥール夫人に絵を教え、宮廷絵師(dessinateur du roi)の称号を得た[2]。
1743年に薬剤師の娘と結婚した。画家になった2人の息子を含む6人の子供をもうけたが、放蕩的な生活を送り、王立絵画彫刻アカデミーの会員には選ばれなかったとされる。
1776年にアカデミー・ド・サン・リュクは王立絵画彫刻アカデミーのメンバーから国王ルイ16世への働きかけで廃止された。その後、ブリュッセルに移り、その2年後に亡くなった。