ストロングは、1977年に英国AAA選手権の100mHで2位、翌年の同大会でも2位そして1979年から1984年まで6連覇を達成。その間、1978年のコモンウェルスゲームズでは銀メダル。1980年モスクワオリンピックでは決勝に進出し5位。1982年のコモンウェルスゲームズでは金メダル。1983年のヘルシンキで行われた世界選手権では5位と、この種目の世界のトップアスリートの一人となった。
1984年のロサンゼルスオリンピックは、強豪選手が揃う東欧諸国がボイコットしたため、ストロングは優勝候補とみなされる。(前年の世界選手権の決勝進出8選手のうち6選手が当オリンピックをボイコットし、出場者は5位だったストロングと8位だったアメリカのベニータ・フィッツジェラルド=ブラウンのみであった。)しかし、ロサンゼルスでは、フィッツジェラルド=ブラウンが12秒84で金メダル。ストロングは100分の4秒差で銀メダルに終わった。
ストロングは、オリンピック後、度重なるアキレス腱の故障に悩まされ、連覇のかかった1986年のコモンウェルスゲームズを欠場。1987年のインドアシーズン終了後現役を引退した。