シーン・カーシッド

From Wikipedia, the free encyclopedia

配偶者 シャールトゥム
子女 シーン・イリーバム、Nīši-īnīšu
シーン・カーシッド
Sîn-kāšid
ウルク
「シーン・カーシッド、強大な王、ウルクの王、アムナヌムの王、宮殿、彼の築いた王権」と書かれた粘土製の円錐(ボルチモアウォルターズ美術館所蔵)
在位 紀元前1803年 - 紀元前1770年

継承者 シーン・イリーバム
配偶者 シャールトゥム
子女 シーン・イリーバム、Nīši-īnīšu
王朝 ウルク第6王朝
テンプレートを表示
シーン・カーシッドの名前は、彼の石板の一つにあり、標準的なシュメール・アッカドの楔形文字で書かれている

シーン・カーシッドアッカド語: 𒀭𒂗𒍪𒂵𒅆𒀉, ラテン文字転写: Sîn-kāšid)は、紀元前18世紀前半の古代メソポタミアの都市ウルクの王。

正確な在位期間は不明だが、おそらく紀元前1803-1770年頃(低年代説英語版)か紀元前1865-1833年頃(中年代英語版)と思われる。多くの碑文が現存しているため、長い期間在位していた可能性が高く、ラルサヌル・アダド(紀元前1801年~1785年)やイシン第1王朝エンリル・バーニ(紀元前1798年~1775年頃)と同時代の人物として知られている。また、歴代のウルク王との関係がないことや、碑文に父親の名がないことから、シーン・カーシッドが王朝の初代と考えられている。シーン・カーシッドはバビロン第1王朝スム・ラ・エル(紀元前1817~1781年頃)の娘・シャールトゥム(Šallurtum)を妻とし、シーン・カーシッドの宮殿跡から出土した粘土製の3つのブラ(シール)英語版には、妻の名と諡号が記されている。

ギャラリー

脚注

Related Articles

Wikiwand AI