ジェイムズ・カーカップ

From Wikipedia, the free encyclopedia

ジェイムズ・カーカップ(1954年頃)

ジェイムズ・ハロルド・カーカップ[注釈 1](James Harold Kirkup、1918年4月23日[3] - 2009年5月10日[4])は、英国詩人劇作家

英国北東イングランドダーラム州の港町サウス・シールズに生まれた[3]ダーラム大学卒。大学では近代語学(スペイン語・ドイツ語・フランス語)を専攻[3]第二次世界大戦中に「良心的非戦論者: conscientious objector)」のため強制労働収容所に入れられた[3]。 1959年1月東北大学に招かれて初来日し、英文学講師を務めた(1961年まで)。1963年に再来日し、日本女子大学(1964年 - 1969年)、名古屋大学(1969年 - 1971年)などで教えた。1972年2月に離日、ダブリンに住む[3]。 その後、1977年にアンドラに居を据え、京都外国語大学でも教鞭を執った[5](1989年まで)。1989年に退職し、日本を離れてアンドラの永住権を取得した[2]1964年東京オリンピック記念日本ペンクラブ文学賞に連作詩「海の日本」で最優秀賞。 日本との関係が深く、その文章は高校、大学の英語教科書に多く採用された。

2009年5月10日に脳梗塞のため、アンドラにて逝去[4]91歳没

著書

脚注

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI