ジェイムズ・ダフ (第5代ファイフ伯爵)

From Wikipedia, the free encyclopedia

第5代ファイフ伯爵ジェイムズ・ダフ: James Duff, 5th Earl Fife,KT1814年7月6日1879年8月7日)は、イギリスの貴族、シッスル勲爵士

サー・アレグザンダー・ダフ(Sir Alexander Duff,GCH、1851年3月21日没[1]第4代ファイフ伯爵の弟)とアン・ステイン(Anne Stein、1859年2月14日没[1]、ジェイムズ・ステインの娘)との長男として生まれた[1][2]

1837年から1857年にかけて、バンフシャー選挙区英語版選出自由党所属の庶民院議員を務めた。エルギンシャー統監英語版を務めたのち、1856年にバンフシャー統監に就任してその死まで同職にあった[1][2]1857年連合王国貴族としてアバディーン州スキーンのスキーン男爵に叙された[1][3][4]完全貴族名鑑によれば、しばしばアイルランド貴族に対して領地指定の概念を無視してスコットランドの地名が充てられることがあったが、ジェイムズに対して父祖がかつて授けられた「ファイフ男爵」ではなく「スキーン男爵」が選ばれた背景にはこうした理由があったという[2]

1860年にシッスル勲章を受勲した[2]。1879年に邸宅マー・ロッジ(Mar Lodge)で死去[2]、爵位は長男アレグザンダーが継承した[1][2][4]

子女

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI