ジェシー・リッチ
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ブルージェイズ時代(2011年8月5日) | |
| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | フロリダ州ピネラスパーク |
| 生年月日 | 1985年3月9日(40歳) |
| 身長 体重 |
6' 1" =約185.4 cm 225 lb =約102.1 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2004年 ドラフト24巡目(全体717位)でトロント・ブルージェイズから指名 |
| 初出場 | 2007年5月15日 |
| 最終出場 | 2011年9月25日 |
| 年俸 | $830,000(2011年)[1] |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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ジェシー・アレン・リッチ(Jesse Allen Litsch, 1985年3月9日 - )は、アメリカ合衆国・フロリダ州ピネラスパーク出身の右投右打の元プロ野球選手(投手)。
少年時代はタンパベイ・デビルレイズが運営する野球クラブに所属しており、トロピカーナ・フィールドでバットボーイをしていた[2]。
サウスフロリダ大学に進学し、2004年のドラフト24巡目(全体717位)でトロント・ブルージェイズから指名され入団。
2007年5月15日のボルチモア・オリオールズ戦でメジャーデビュー、いきなり8回2/3を1失点の好投で初登板初勝利をあげる[3]。その後は一旦マイナー落ちを経験したが、故障したA.J.バーネットの代役として7月に再昇格すると、その後は先発ローテーションに定着し、最終的に20試合に先発登板して7勝9敗、防御率3.81という成績を残した。シーズンオフにはバーノン・ウェルズと共に、トロント市内の子供200人を対象にチャリティー活動を行った[4]。
2008年は開幕からローテーション入りし、5月24日のカンザスシティ・ロイヤルズ戦でメジャー初完封[5]。6,7月に調子が落ち込み、一時マイナー落ちも経験したが、8月に復帰してからは防御率1.94と好調を維持し[6]、最終的に、29試合に登板して176イニングを投げ、初の二桁勝利となる13勝をあげた。これはいずれも2枚看板のロイ・ハラデイ、バーネットに次いでチーム3位の成績であった。
2009年にはエースのロイ・ハラデイに次ぐ先発ローテーションの2番手として開幕を迎えたが、シーズン2度目の登板となった4月13日のミネソタ・ツインズ戦で肘を痛めて途中降板。そのまま故障者リスト(DL)入りし、6月にトミー・ジョン手術を受け、シーズンを終えた[7]。
2010年ではトミー・ジョン手術から復帰するも防御率5.79と完全復活とはならなかった。腰の手術のためにシーズン途中で登板を終えた。
2012年は右肩の故障で登板なしに終わる。オフに戦力外となり、FAになった。