ジェフ・エアーズ

アメリカのバスケットボール選手 From Wikipedia, the free encyclopedia

ジェフリー・カーティス・エアーズ(Jeffrey Curtis Ayres, 生名:Jeffrey Curtis Orcutt, 1987年4月29日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州オンタリオ出身のバスケットボール選手。NBAサンアントニオ・スパーズ2014年のチャンピオンメンバー。ポジションはPF

ポジション PF
生年月日 (1988-06-05) 1988年6月5日(38歳)
概要 インドマブレス・デ・シウダード・フアレス No.12, ポジション ...
ジェフ・エアーズ
Jeff Ayres
エスキシェヒル・バスケット時代
インドマブレス・デ・シウダード・フアレス  No.12
ポジション PF
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生年月日 (1988-06-05) 1988年6月5日(38歳)
出身地 カリフォルニア州の旗 カリフォルニア州オンタリオ
身長 206cm (6 ft 9 in)
体重 109kg (240 lb)
ウィングスパン 216cm  (7 ft 1 in)
キャリア情報
大学 アリゾナ州立大学
NBAドラフト 2009年 / 2巡目 / 全体31位
経歴
2009-2010ポートランド・トレイルブレイザーズ
2011-2013インディアナ・ペイサーズ
2013-2015サンアントニオ・スパーズ
2015-2016アイダホ・スタンピード
2016ロサンゼルス・クリッパーズ
2016ロサンゼルス・ディーフェンダーズ
2016ロサンゼルス・クリッパーズ
2016ロシアの旗 PBC CSKAモスクワ
2016-2017ロサンゼルス・ディーフェンダーズ
2017アルバルク東京
2017-2018トルコの旗 エスキシェヒル・バスケット
2018-2019琉球ゴールデンキングス
2019-2020滋賀レイクスターズ
2020-2021名古屋ダイヤモンドドルフィンズ
2021-2022新潟アルビレックスBB
2022-2023中華民国の旗 桃園濮園領航猿
2023メキシコの旗 フレセロス・デ・イラプアト
2024メキシコの旗 ラヨス・デ・エルモシージョ
2025-メキシコの旗 インドマブレス・デ・シウダード・フアレス
受賞歴
選手情報 ウィキデータを編集 B.LEAGUE.jp
Stats ウィキデータを編集 NBA.com
Stats ウィキデータを編集 Basketball-Reference.com
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経歴

学生時代

アリゾナ州立大学では、ヒューストン・ロケッツジェームス・ハーデンの2年先輩であり、同年にドラフトで、NBA入りした。

NBA(2009-2016)

2009年ポートランド・トレイルブレイザーズからドラフト全体31位で指名され入団した[1]。2010年4月14日、ゴールデンステート・ウォリアーズ戦でキャリアハイとなる21得点を上げた[2]

2010-2011シーズンを前に、膝にシーズン全休となる傷を負い、解雇された[3]

2011年にインディアナ・ペイサーズと契約したが、12月に練習中に負った膝の軽い怪我により[4]2012年まで出場できなかった。4月23日、ペイサーズでの初のスタートで18分出場し、10得点、7リバウンド、1アシスト、2ブロックの記録を残した。[要出典]

2013年のイースタン・カンファレンスファイナルのマイアミ・ヒート第7戦最終クオーター、ペンダーグラフは、ヒートのガード、ノリス・コールと押し合いをし、レフェリー、ケン・マウアーから両者は退場処分を受けた[5]

2013年7月11日、サンアントニオ・スパーズに移籍した[6]。2013-14シーズンは故障もなく、スパーズのチームプレースタイルに当初から馴染み、シーズンを通してローテーションに定着し、ロールプレーヤーとして73試合に平均13分出場した。プレーオフも17試合に出場し、自身初のチャンピオンメンバーとなった。

2015年10月31日、NBAチームからの新契約を受けることが出来なかったエイアーズは、NBADLのドラフトでアイダホ・スタンピードから1位指名を受けて契約。2016年1月22日にロサンゼルス・クリッパーズ10日間契約を結び[7]、契約終了後ロサンゼルス・ディーフェンダーズでプレーしていたが、3月15日にクリッパーズとシーズン終了までの契約を結んだ[8]

国外でのキャリア(2016-)

2016年9月21日、ユナイテッド・リーグPBC CSKAモスクワと契約した[9]ものの、NBA復帰を目指す為に11月23日に退団[10]ロサンゼルス・ディーフェンダーズに復帰。2017年2月16日、Bリーグアルバルク東京への入団が発表された[11]

2017年8月11日、BSLエスキシェヒル・バスケットと契約したと報じられた[12]

2020年6月19日、名古屋ダイヤモンドドルフィンズと契約した[13] [14]

NBA スタッツ

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略称説明
  GP 出場試合数   GS  先発出場試合数  MPG  平均出場時間
 FG%  フィールドゴール成功率  3P%  スリーポイント成功率  FT%  フリースロー成功率
 RPG  平均リバウンド  APG  平均アシスト  SPG  平均スティール
 BPG  平均ブロック  PPG  平均得点  太字  キャリアハイ
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レギュラーシーズン

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シーズン チーム GP GS MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG PPG
2009–10 トレイルブレイザーズ 39410.4.662.000.9002.5.0.2.42.7
2011–12 ペイサーズ 2015.3.417.000.5711.6.2.2.11.7
2012–13 ペイサーズ 37010.0.484.500.9132.8.4.2.33.9
2013–14 スパーズ 731013.0.580.000.6913.5.8.2.33.3
2014–15 スパーズ 5107.5.579.000.7502.3.3.2.22.7
Career 2201510.1.554.500.7662.8.4.2.33.0
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プレーオフ

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シーズン チーム GP GS MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG PPG
2010 トレイルブレイザーズ 305.7.500.000.750.7.0.71.02.3
2012 ペイサーズ 402.3.333.000.000.5.0.0.0.5
2013 ペイサーズ 907.9.333.000.0002.0.1.0.21.8
2014 スパーズ 1703.8.462.000.6251.1.3.0.01.0
Career 3304.9.386.000.6671.2.2.1.21.3
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その他

学生時代からインディアナ・ペイサーズ時代までは、継父の姓である "ペンダーグラフ" を名乗っていたが、サンアントニオ・スパーズ移籍後、「生まれてくる娘のために、本来と違う名前を名乗ってはいけないと思った」という理由で、2013-2014シーズン開始前に実父の "エアーズ" に改名した。ちなみに生まれた時の姓は "オーカット" である。

脚注

外部リンク

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