ジェロード・ユトフ

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ポジション PF
生年月日 (1993-05-19) 1993年5月19日(31歳)
ジェロード・ユトフ
Jarrod Uthoff
アイオワ大学でのユトフ
(2016年)
パラカネストロ・トリエステ
ポジション PF
所属リーグ レガ・バスケット・セリエA
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生年月日 (1993-05-19) 1993年5月19日(31歳)
出身地 アイオワ州シーダーラピッズ
身長 206cm (6 ft 9 in)
体重 109kg (240 lb)
キャリア情報
高校 ジェファーソン高等学校
大学 アイオワ大学
NBAドラフト 2016年 / ドラフト外
プロ選手期間 2016年–現在
経歴
2016–2017ラプターズ・905
2017フォートウェイン・マッドアンツ
2017ダラス・マーベリックス
2017テキサス・レジェンズ
2017–2018フォートウェイン・マッドアンツ
2018–2019BCゼニト・サンクトペテルブルク英語版
2019–2020メンフィス・ハッスル
2020メンフィス・グリズリーズ
2020ワシントン・ウィザーズ
2021エリー・ベイホークス
2021–2022シーホース三河
2022–2023京都ハンナリーズ
2023–2024横浜ビー・コルセアーズ
2024–パラカネストロ・トリエステ英語版
10日間契約での在籍
受賞歴
  • オールNBAGリーグファーストチーム (2020)
  • オールNBAGリーグサードチーム (2021)
  • オールアメリカン・コンセンサスファーストチーム (2016)
  • オールビッグ10ファーストチーム (2016)
  • オールビッグ10サードチーム (2015)
  • ビッグ10オールディフェンシブチーム (2016)
  • アカデミックオールアメリカン最優秀選手賞 (2016)
  • アイオワ州ミスター・バスケットボール (2011)
Stats ウィキデータを編集 Basketball-Reference.com
Stats ウィキデータを編集 NBA.com 選手情報 NBA.Rakuten

ジェロード・リード・ユトフJarrod Reed Uthoff, 1993年5月19日 - )は、アメリカ合衆国アイオワ州シーダーラピッズ出身のプロバスケットボール選手。レガ・バスケット・セリエAパラカネストロ・トリエステ英語版に所属している。ポジションはパワーフォワード。政治家で共和党下院司法委員長を務めるジム・ジョーダン英語版は義父にあたる[1]

カレッジ

高校卒業後はウィスコンシン大学に進学し、1年目の2012-13シーズンはNCAAのレッドシャツ制度により試合に出場しなかった。このシーズン終了後に転校することを発表。ウィスコンシン大学ヘッドコーチのボー・ライアン英語版は自身が定めた26の他大学への転校を許さない方針だったが、後にこの基準が引き下げられ、アイオワ大学へ転校した[2]。転校1年目の2013-14シーズンもNCAAの規定で試合に出場しない予定だったが、自らNCAAに料金を支払い出場が許可された[2]

2015-16シーズンは平均18.9得点・6.1リバウンドを記録し、オールアメリカンファーストチームに選出された。

ラプターズ・905

2016年のNBAドラフトでは指名がなく、ドラフト後に行われたサマーリーグサクラメント・キングスの一員として参加した[3]。その後、2016年8月2日にトロント・ラプターズと契約したが、10月30日に解雇され、Dリーグラプターズ・905へ送られた[4]

フォートウェイン・マッドアンツ

2017年1月27日にトレードでフォートウェイン・マッドアンツへ移籍した[5]

ダラス・マーベリックス

2017年3月9日にダラス・マーベリックス10日間契約を結んだ[6]。翌日のブルックリン・ネッツ戦に2分間出場し、NBAデビューを果たした[7]。19日に2度目の10日間契約を結び、27日に複数年の正式契約を結んだ。マーベリックスでは9試合に出場した[8]

2017年7月29日に金銭とのトレードでヒューストン・ロケッツへ放出され、31日に解雇された[9]

マッドアンツ復帰

2017-18シーズンはかつて所属したGリーグのマッドアンツでプレーし、平均16.5得点・8.4リバウンド・2.5アシストを記録した[10]

BCゼニト・サンクトペテルブルク

2018年7月19日にユナイテッド・リーグに所属するBCゼニト・サンクトペテルブルク英語版と契約した[11]

メンフィス・ハッスル

2019年10月16日にメンフィス・グリズリーズと契約したが翌日に解雇され、Gリーグのメンフィス・ハッスルへ送られた[12]。12月31日のリオグランデバレー・バイパーズ戦では30得点・9リバウンド・2アシスト・2スティール・1ブロックを記録した[13]

メンフィス・グリズリーズ

2020年2月27日にグリズリーズと10日間契約を結んだ[14]。3月7日に契約が満了するまで、4試合に出場した。

ワシントン・ウィザーズ

新型コロナウイルスの影響で中断された2019-20シーズンが、フロリダ州オーランドにて隔離された状態で再開された中、2020年7月17日に欠場者が出た場合の代替選手としてワシントン・ウィザーズと契約した[15]。その後ゲイリー・ペイトン2世がコロナウイルスに感染して離脱したため出場機会を得た。シーズン終了までチームに帯同し、3試合に出場した。

エリー・ベイホークス

2020年12月2日にニューオーリンズ・ペリカンズと契約したが、トレーニングキャンプ終了後に解雇された[16]

ユトフのGリーグでの保有権は以前所属していたメンフィス・ハッスルが所持しており、ペリカンズから解雇された際は傘下のエリー・ベイホークスでプレーすることができなかった。このため、ベイホークスは2021年のGリーグドラフトの2位指名権とのトレードでユトフの保有権を獲得した[17]

2021年1月12日からチームに合流し、15試合に出場して平均14.9得点・8.8リバウンドを記録した[10]

シーホース三河

2021年6月23日にB.LEAGUEシーホース三河と契約した[18]

2021-22シーズン途中にはGリーグでのトレードで保有権がオースティン・スパーズへ移ったが、三河に残留することを選択した。シーズン終了後の2022年5月30日に退団が発表された[19]

京都ハンナリーズ

2022年7月28日に京都ハンナリーズと契約した[20]

2022-23シーズンは60試合に出場して平均17.2得点・8.9リバウンドを記録した[21]。シーズン終了後、自由交渉選手リストに公示された[22]

横浜ビー・コルセアーズ

2023年6月23日に横浜ビー・コルセアーズと契約した[23]。2024年5月13日、契約満了が発表された[24]

パラカネストロ・トリエステ

2024年7月27日にLBAパラカネストロ・トリエステ英語版と契約した[25]

家族

三従兄のディーン・ユトフも元バスケットボール選手で、アイオワ州立大学を経てNBLシドニー・キングスで13年間プレーした。

個人成績

脚注

外部リンク

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