ジェローム・ブルーナー

From Wikipedia, the free encyclopedia

ジェローム・シーモア・ブルーナーJerome Seymour Bruner, 1915年10月1日 - 2016年6月5日)は、アメリカ合衆国心理学者ニューヨーク市出身。1950年代に認知革命を主導した一人でもあり、認知心理学の生みの親の一人であると考えられている[1]。また文化心理学の育ての親の一人でもあり、教育心理学、教育方法論の分野でも有名である[1]。その生涯を通して20世紀心理学の歴史を体現した巨人であり、20世紀において28番目に引用された心理学者である[2]

来歴

ハーバード大学カール・ラシュレーのもとで動物心理学を学び、1941年に学位を取得。戦後まもなく、欲求動機づけ知覚に影響を及ぼすことを示す一連の研究を行い、ニュールック心理学を主導する。その後、思考方略や教育方法の研究に進み、1959年には教育方法の改善に関するウッズホール会議の議長となって、その成果を『教育の過程』として出版した。

1960年代にそれまでの行動主義心理学を覆す、認知革命を先導した[1][3]。認知革命とは心理学に意味を取り戻そうとする運動であった[1][3]。認知革命の結果として認知科学および認知心理学が成立した。

1972年にはイギリスに渡り、8年間に渡ってオックスフォード大学教授を務め、主に乳幼児発達に関する研究を行った。その後、アメリカに戻り、文化心理学やナラティヴ研究への理論的貢献を行っている。ニューヨーク大学法学部に勤務した。

どの教科でも、知的性格をそのままに保って、発達のどの段階のどの子どもにも効果的に教えることができる」という仮説を提示した。

発見学習の提唱者でもあり、教科の構造化の提唱も行った。

後年は100歳を超えるまでニューヨーク大学教授を務めた。

脚注

著作

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI