ジェンスン・フアン
台湾系アメリカ人の企業家、実業家
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若年期
1963年、台湾の台南市で生まれた[8][10]。父の黄興泰(シンタイ・フアン)は台湾台南市東区にある台湾中南部で最難関大学[11]として知られる国立成功大学を卒業し[12]、キヤリア (空調設備メーカー)の化学エンジニアを務めた。母親の羅采秀は台南の名家である羅氏家の子孫で[13]、小学校教師を務めた[14]。
5歳で家族とともにタイへ移住[8]。会社の研修で滞米経験のあった父親の希望で、9歳で親元を離れ[15]、親戚のいるワシントン州タコマに兄ともに転居[15]。
10歳でケンタッキー州オネイダの寄宿学校に移り、その後渡米した両親とともにオレゴン州で暮らす[15]。ポートランドのアロア高等学校卒[16]。
経歴
慈善活動
受賞歴
アーンスト・アンド・ヤングにより、1999年にEntrepreneur of the Year in High Technology(高度技術におけるその年の起業家)に選出された。
2003年、Fabless Semiconductor AssociationのDr. Morris Chang Exemplary Leadership Awardを受賞した。これはファブレス半導体業界の発展、革新、成長及び長期的機会を促進する特別な貢献をした人物として認めるものである。2003年のNational Finalist for the EY Entrepreneur of the Year Award、1999年のAward Recipient for the Northern California regionも受賞している[23]。
さらに、南カリフォルニア大学のDaniel J. Epstein Engineering Management Awardの受賞者でもあり、オレゴン州立大学の同窓会フェローにも選ばれている。
2009年6月13日の式において、オレゴン州立大学から名誉博士号を授与された[24]。
2020年IEEEファウンダーズメダル、2025年クイーンエリザベス工学賞、2026年IEEE栄誉賞を受賞。
人物
オレゴン州立大学時代に、当時研究室の同僚で現在の妻ロリと出会っている。2人の子供がいる[25]。
記者会見や講演では黒い革のジャンパーを着ることが多く、トレードマークとなっている[26]。しかし、トレードマークを脱ぐこともあり、中国と日本を訪問した際は正装の背広を着ていたことが注目され[27][28][29]、北京の博覧会を訪れた際には中国の伝統衣装である唐装を着用した[30]。来日時には九州じゃんがらの赤坂店を訪れるという[31]。
第2次トランプ政権では、影響力を失ったイーロン・マスクに代わってドナルド・トランプ大統領と中国政府を橋渡しする存在になったと報じられており[32][33]、2025年9月にフアンが半導体の対中輸出規制緩和をめぐって対中強硬派を「恥というバッジを付けた偽愛国者」と批判した際は第1次トランプ政権で首席戦略官を務めたスティーブン・バノンが「中国共産党の工作員」としてフアンの逮捕を主張した[34][35]。2026年のトランプ大統領の中国訪問では、イーロン・マスクらとともにトランプに同行した[36]。同行した企業経営者のうちマスクとフアンのみトランプが乗るエアフォースワンへの同乗を許された[37]。同年5月には清華大学経済管理学院の顧問委員に選ばれた[38]。
NVIDIAと関わりが深いTSMCの創業者であるモリス・チャン(張忠謀)と交流があり、かつてTSMCのCEOを打診されるも断ったことがある[39]。
AMD社長兼CEOのリサ・スーは遠縁にあたる[40][疑問点]と言う記事を一旦は否定したが、その後認める発言をするなど異なった見解を示している。 企業家系の研究者は、スーの母方の祖父とフアンの母が兄妹であるとしている。[41][42][43]