ジェームズ・パンコウ
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略歴
パンコウは中西部ミズーリ州セントルイスに生まれた[1]。8歳の時に家族と共にイリノイ州パークリッジに転居し、小学校でブラス・ロックのトロンボーンを演奏し、ノートルダム高校では聖十字架教会の神父から音楽を学んだ[2]。初年度を終えた夏季休暇に彼は故郷に戻り、バンドを結成してローカルライブを行うようになった。
パンコウはデポール大学で木管楽器奏者のウォルター・パラゼイダーと出会い、パラゼイダーが在籍していたバンドに誘われて加入した。同バンドはやがてロバート・ラム、テリー・キャス、ピーター・セテラらの7人編成となり、1969年にシカゴ・トランジット・オーソリティとしてデビューし、1970年にシカゴに改名した。
→詳細は「シカゴ (バンド) § 来歴」を参照
パンコウが作曲したシカゴの楽曲には「ぼくらに微笑みを」(1970年)、「ぼくらの世界をバラ色に」(1970年)、「愛のきずな」[注釈 1](1973年)、「君とふたりで」(1973年)、「遥かなる愛の夜明け」(1974年)、「追憶の日々」(1975年)などがある。
2017年、ソングライターの殿堂入り。