ジェームズ・ハミルトン (第2代クランブラシル伯爵)
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初代クランブラシル伯爵ジェームズ・ハミルトンとヘンリエッタ・ベンティンク(Henrietta Bentinck、1792年6月10日没、ウィリアム・ベンティンクの娘)の息子として、1730年8月23日に生まれた[1]。
1755年から1758年までミドルトン選挙区の代表としてアイルランド庶民院議員を務め[2]、1757年にラウス県長官を務めた[1]。1758年3月17日に父が死去するとクランブラシル伯爵位を継承、4月10日にアイルランド貴族院議員に就任した[1]。同年から1798年に死去するまでラウス県総督を、1769年から1798年に死去するまでラウス首席治安判事を務め、1766年7月4日にアイルランド枢密院の枢密顧問官に任命された[1]。
1768年イギリス総選挙でヘルストン選挙区から出馬して、無投票でグレートブリテン庶民院議員に当選、議会では与党を支持する投票をしたが、演説の記録はなかった[3]。首相のノース卿フレデリック・ノースはアイルランド総督の初代ハーコート伯爵サイモン・ハーコートへの手紙で「政権の力を借りずに庶民院に入り、引き立てを求めたこともなかったが、庶民院会議に恒常的に出席し、常に政府を支持した」とクランブラシル伯爵を称えた[3]。
人物
1774年時点で前歯を全て失っており、「その年にしては老けてみえた」(He looks old of his age)とする形容があった[1]。
