ジェームズ・バートン

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原語名 James Burton
出生名 James Edward Burton
ジャンル
ジェームズ・バートン
バートン (2010年)
基本情報
原語名 James Burton
出生名 James Edward Burton
生誕
ジャンル
職業 ミュージシャン
担当楽器 ギター
活動期間 1952年 - 現在
公式サイト james-burton.net

ジェームズ・バートン(James Burton, 1939年8月21日 - )は、アメリカギタリスト

「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において2003年は第20位、2011年の改訂版では第19位。

バートン (2009年のコンサート)

1939年8月21日ルイジアナ州ウェブスター郡ミンデン近郊の村、ダバリーに生まれた[1]。幼い頃からギターに触れ、ルイジアナ・ヘイライドを目指すようになる。

10代中ごろからプロのギタリストとして活動を始め、1957年デール・ホーキンスが発表した「スージーQ」で一躍注目される。この時、まだ18歳であった。特徴的なギター・リフもジェームズが考えたもので、ほとんどの部分をバートンが作曲したと言ってもよい。

その後、ボブ・ルーマンと組んだが、その公演でリッキー・ネルソンの目に留まり、ネルソンのバンドで活躍する。ネルソン宅に1年間ほど居候したこともあるほど個人的にも仲がよかったが、次第に「ネルソンばっかりは嫌だ」として、バンドを脱退。その代わりにジョー・オズボーンを後任として紹介した。

その後、エルヴィス・プレスリーのTCBバンド・リーダーに任命され、1969年から1977年までのエルヴィスのステージのリード・ギターを勤めた。エルヴィスはジェームズに他のメンバーの人選も任せたため、ジェームズはセッション仲間であるジェリー・シェフベース)やグレン・ハーディンピアノ)を推薦した。ただし、1969年のステージではピアノはラリー・マホーバラックだった。エルヴィスからは「最もすごいギタリストの1人」と評されている。TCBバンドはステージ専用であったが、ジェームズのみスタジオ録音にも参加した。このエルヴィス中心の活動の合間にジョニ・ミッチェルの『バラにおくる』(1972年)、グラム・パーソンズの『GP』(1973年)及び『グリーヴァス・エンジェル』(1974年)といった作品へのセッション参加などの仕事をした。

エルヴィスとスタジオにいた時、バートンはフェンダー社が「使って欲しい」と送ってきたギターを開封していた。その中にジョージ・ハリスンが使った事で有名なオール・ローズ・テレキャスターがあった。ジェームズは重くて音も気に入らなかったが、エルヴィスがそれを見て「すごく立派なギターだな」と感心した。ジェームズが手渡すとエルヴィスもあまりの重さに驚愕したという。ジェームズはフェンダーに断ると、エルヴィスに進呈すると言ったが、エルヴィスもこれを断った。さらにチップ・ヤングに譲ろうとしたが、チップもこれを断った。

エルヴィスの死後はジョン・デンバーエルヴィス・コステロ等と組んで活動した。

現在でも「エルヴィス・イン・コンサート」で、エルヴィスの歌に合わせて70年のオリジナル・メンバーたちと演奏を続けている。

現在、バートンが使用しているのは3ピックアップの「ジェームズ・バートン・テレキャスター」である。一般のテレキャスターと違い、リア・ピックアップはブリッジ・プレートにマウントされず、すべてボディに直接取り付けられている。そのため、ブリッジ・プレートはオリジナルの形状となっており、ピックアップは金属製ではなく、樹脂製のカバーが取り付けられている。ブラック&ゴールド・ペイズリー、ファイヤー・ペイズリーなど、ペイズリー柄を奇抜にアレンジした塗装である。ボディにはスワンプ・アッシュやバスウッドなど軽い材が使われている。

特徴

外部リンク

脚注

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