ジミー・コブ
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1950年代前半は、キーター・ベッツとの活動を通して参加した妻でもあったダイナ・ワシントン、アール・ボスティックの伴奏などで知られたが、1958年からフィリー・ジョー・ジョーンズの後任としてマイルス・デイヴィス・クインテットに加入、1959年にはモード・ジャズを確立した歴史的名盤『カインド・オブ・ブルー』のレコーディングに参加した。他にも、ウィントン・ケリー、ウェス・モンゴメリー、キャノンボール・アダレイ、ジョン・コルトレーンなどのアルバムで数多くの演奏を繰り広げ、ハードバップ期を代表するドラマーとしての地位を確立した。特にマイルス・デイヴィスを支えたウィントン・ケリー、ポール・チェンバースとのトリオは、今も語り継がれるジャズ界最高のリズムセクションとして名高い。
90歳を過ぎてもなお自己のグループ「コブズ・モブ」「ジミー・コブ・トリオ[2][3]」を率い、またサイドマンとしても「4ジェネレーション・オブ・マイルス」等で精力的に活動を続けていた。ほんの数秒聴いただけで彼だとわかる驚異的なスウィング、シンバルレガートはトレードマークであった。ジャズの黄金期を知る最後のミュージシャンとして、ドラマーのみならず後進のミュージシャンの鑑となり続けていた。