ジミー・コブ

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出生名 Wilbur James Cobb
死没 (2020-05-24) 2020年5月24日(91歳没)[1]
ジミー・コブ
Jimmy Cobb
ジミー・コブ(2008年)
基本情報
出生名 Wilbur James Cobb
生誕 1929年1月20日
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ワシントンD.C.
死没 (2020-05-24) 2020年5月24日(91歳没)[1]
ジャンル モード・ジャズ
職業 ミュージシャン
担当楽器 ドラム
活動期間 1949年 - 2020年

ジミー・コブJimmy Cobb1929年1月20日 - 2020年5月24日[1])は、アメリカジャズ・ミュージシャン、ドラム奏者。アメリカ合衆国ワシントンD.C.生まれ。

1950年代前半は、キーター・ベッツとの活動を通して参加した妻でもあったダイナ・ワシントンアール・ボスティックの伴奏などで知られたが、1958年からフィリー・ジョー・ジョーンズの後任としてマイルス・デイヴィス・クインテットに加入、1959年にはモード・ジャズを確立した歴史的名盤『カインド・オブ・ブルー』のレコーディングに参加した。他にも、ウィントン・ケリーウェス・モンゴメリーキャノンボール・アダレイジョン・コルトレーンなどのアルバムで数多くの演奏を繰り広げ、ハードバップ期を代表するドラマーとしての地位を確立した。特にマイルス・デイヴィスを支えたウィントン・ケリー、ポール・チェンバースとのトリオは、今も語り継がれるジャズ界最高のリズムセクションとして名高い。

90歳を過ぎてもなお自己のグループ「コブズ・モブ」「ジミー・コブ・トリオ[2][3]」を率い、またサイドマンとしても「4ジェネレーション・オブ・マイルス」等で精力的に活動を続けていた。ほんの数秒聴いただけで彼だとわかる驚異的なスウィング、シンバルレガートはトレードマークであった。ジャズの黄金期を知る最後のミュージシャンとして、ドラマーのみならず後進のミュージシャンの鑑となり続けていた。

2020年5月24日、肺がんのためニューヨークの自宅で逝去。91歳没。訃報は夫人がFacebook上で公表した[1]

ディスコグラフィ

脚注

外部リンク

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