ジミー・チェンバレン
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| ジミー・チェンバレン Jimmy Chamberlin | |
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ジミー・チェンバレン(2019年) | |
| 基本情報 | |
| 出生名 | James Joseph Chamberlin |
| 生誕 | 1964年6月10日(61歳) |
| 出身地 |
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| ジャンル | オルタナティヴ・ロック、フュージョン |
| 担当楽器 | ドラム、パーカッション |
| 活動期間 | 1988年 - |
| 共同作業者 | スマッシング・パンプキンズ、ズワン、ジミー・チェンバレン・コンプレックス |
| 公式サイト |
jimmychamberlin |
| 著名使用楽器 | |
| YAMAHA SD2455JC | |
ジミー・チェンバレン(Jimmy Chamberlin、1964年6月10日-)は、アメリカ合衆国のドラマー。オルタナティヴ・ロック・バンド、スマッシング・パンプキンズのドラマーとして活動。
生い立ち
アメリカ合衆国イリノイ州の中都市、ジョリエットで6人兄弟の1人として生まれる。父はジャズ・バンドでクラリネットを、兄はドラムをプレイするという音楽一家で育つ。
9歳の時にドラムを始め、15歳の時には地元のバンドで演奏するようになる。様々なバンドを転々とした後、友人にビリー・コーガンを紹介され、スマッシング・パンプキンズに加入することになる。当時、ジミーは大工をしていたが、スマッシング・パンプキンズの活動に集中するため、ほどなくして仕事を辞めている。
スマッシング・パンプキンズ
スマッシング・パンプキンズが成功への歩みを進める一方で、ジミーは深刻なヘロイン中毒に陥っていた。ツアー中のある日、ホテルの部屋で一緒に麻薬をやっていたバンド・サポーターのジョナサン・メルヴィンがオーバードーズしてしまう。同室で摂取していたジミーは逮捕され、この一件によりバンドを解雇された。
その後、元スキッド・ロウのセバスチャン・バックのソロ・プロジェクトに参加するが、程なくしてスマッシング・パンプキンズに呼び戻され、2000年の解散までドラマーを務めた。
ズワン - ジミー・チェンバレン・コンプレックス
解散後はビリー・コーガンと行動を共にし、2001年にはズワンを結成するが、このバンドは短命に終わり、アルバム1枚を発表した後の2003年に解散した。
2004年には自ら新プロジェクト「ジミー・チェンバレン・コンプレックス」を立ち上げ、翌年にはアルバムを発表した。
スマッシング・パンプキンズ再結成 - 現在
2006年にスマッシング・パンプキンズが再結成されると、ジミーはビリーと共に参加。アルバムを制作し、これをサポートするツアーにも参加するも、2009年に脱退を表明[1][2]。
今後は自身のバンド、ジミー・チェンバレン・コンプレックスの一員として音楽活動を続けることを表明したが、2015年にサポート・メンバーとしてスマッシング・パンプキンズに復帰し、2018年よりは三度正式メンバーとして復帰した[3]。
プレイスタイル
元々はジャズ・ドラマーだったこともあり、ジャズとロックの双方から影響を受けている。ジミーによると、ロック・ドラマーではキース・ムーン、ジョン・ボーナム、イアン・ペイスが、ジャズ・ドラマーではトニー・ウィリアムス、エルヴィン・ジョーンズ、そしてジーン・クルーパが彼のプレイスタイルに大きな影響を及ぼしている[4]。
オンライン・マガジンのGigwise誌は、2008年にジミーを偉大なドラマーランキングの第5位に選出した[5]。このランキングには、ジミーが憧れるドラマーも多数ランクインしている。
2010年の「ローリング・ストーン誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のドラマー」に於いて第53位。