ジミー・ニューベリー
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| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | アラバマ州バーミングハム |
| 生年月日 | 1919年6月9日 |
| 没年月日 | 1983年6月23日(64歳没) |
| 身長 体重 |
5' 10" =約177.8 cm 170 lb =約77.1 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1943年 |
| 初出場 | NPB / 1952年5月7日 |
| 最終出場 | NPB / 1952年 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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ジミー・リー・ニューベリー(Jimmie Lee Newberry[1]、1919年6月9日 - 1983年6月23日)は、アメリカ合衆国出身の元プロ野球選手(投手)。
元々はニグロリーグでプレーしており、その後独立リーグを経て[2]、メジャーリーグベースボールのセントルイス・ブラウンズのオーナーだったビル・ヴィックが選手貸し出しという形で、傘下チームだったシカゴ・アメリカン・ジャイアンツから日本へ貸し出しされチームメイトだったジョン・ブリットンと共に来日し、1952年に阪急ブレーブスに入団した。
5月7日の毎日オリオンズ戦でブリットンと共にデビューした。序盤から好投していたが、6回に交代となり後続が打たれて初勝利とはならなかった。その後は先発投手として勝利していき、オールスターゲームにも選出された。この年限りで退団した。右腕をくねらせるような独特のフォームから、スピードを抜いた落ちる球を武器としており、わざわざ先発が予告されるほどの人気であった。