1990年代末、ニューヨークのダンサー、ブライアン・グリーンがHOUSE DANCE CONFERENCEというパーティを主宰するようになり、ニューヨークのダンスシーンを活性化させようという動きが見えてくる。2000年、このパーティで踊ったブライアン主導のチームHOUSE DANCE MASTERSがシカゴ由来の動きとしてジャッキングを紹介。シャー、トニー・マクレガーといったNYダンサー達もこのジャッキングに注目して自分達のスタイルに取り入れて、新しいスタイルを作り上げる。
当時ニューヨークにいたトニー・マクレガー、シャー、SHUHO、HIDEKI等のメンバーのジャッキングを取り入れたハウスダンス動画がThe House Dance ProjectのHPにて配信され、世界中のハウスダンサーの間で認知され始める。シャーが来日し、ジャッキングが日本のハウスダンス界でも広まる。2006年にJAPAN DANCE DELIGHTを初めてハウスダンスで優勝したSYMBOL-ISM+Clock Eyed Canvasがジャッキングを取り入れたダンスを披露し日本のストリートダンス界に広まる。