ジャック・アミヨ

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前任 フィリベール・バブー・ド・ラ・ブルデジエール
ジャック・アミヨ
Jacques Amyot
オセール司教
教区 オセール
着座 1570年12月11日
離任 1593年2月6日
前任 フィリベール・バブー・ド・ラ・ブルデジエール
後任 フランソワ・ド・ドナデュー
聖職
司祭叙階 1571年4月29日
個人情報
出生 (1513-10-30) 1513年10月30日
フランス王国ムラン
死去 (1593-02-06) 1593年2月6日(79歳没)
フランス王国オセール
国籍 フランス
出身校 パリ大学
紋章 ジャック・アミヨの紋章
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ムランにあるアミヨの生家

ジャック・アミヨ(Jacques Amyot, 1513年10月30日1593年2月6日[1])は、フランスルネサンス期の翻訳家人文主義者プルタルコスの仏訳で名高い。

ムランの貧しい家庭に生まれた。16歳でパリ大学に進学、19歳で修士。1535年、ギリシア語の学識を買われ、ブールジュで国王高官の子息の教育係として迎えられた。翌年マルグリット・ド・ヴァロワの仲立ちにより、ブルージュ大学でラテン語とギリシア語を講じる。この頃ソポクレスエウリピデスなどのギリシア悲劇を訳し始め、プルタルコス『対比列伝』の部分訳が国王フランソワ1世に評価され、1547年ベロザンヌ大修道院長に任命された。1548年から4年間イタリアに滞在し、プルタルコスの原典研究など、文献調査に取り組んだ。1554年ディオドロスの歴史書の翻訳を国王アンリ2世に献上し、その王子、のちのシャルル9世アンリ3世の教育係に任じられた。1559年『対比列伝』訳が17年の歳月を経て完成、出版される。1560年シャルル9世の即位とともに宮中司祭に、1570年オセールの司教に就任、貧しい出自ながら国王の庇護のもとで栄達を重ねた。晩年はユグノー戦争で国王側の人間として攻撃を受け、零落の一途をたどった。

訳業

脚注

参考文献

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