ギベールは啓蒙主義の時代に生まれ、フォラールやピュイセギュール、サックスの研究を調べながら独自の軍事思想を形成していった。ギベールにとって重要だった論点に戦争学の方法論、軍事組織、そして火力と機動の関係、それに伴う補給の問題などがある。ギベールは戦争学の方法論として科学的方法を適用することを構想していた。ギベールによれば、戦争には規則や原理によって支配された機械的要素と不確定的な要素に区別することが可能であり、前者については科学によって解明することが可能であると考えていた。同時に彼は伝統的な戦争についての研究には方法論で重大な欠陥があったことを指摘しており、普遍的な戦争の原理を明らかにする戦争科学の確立を提唱している。またギベールは軍事組織について市民軍の創設を主張していた。この主題は当時のサロンでよく論じられていた主題であり、ギベールは階級的な区分にしばられていない国民全体から組織された軍隊の創設こそが精強な軍隊をもたらすと考えていた。彼は国民性の観念を軍事組織の分析に反映させながら、この見解を補強している。しかし実際には市民軍のような軍隊は革命が起こらない限りは不可能であると思われたために、プロイセン軍が行ったような厳格な軍事訓練を行うことを論じるに留まっている。さらにギベールは火力に対して機動の重要性を主張する立場にあり、軍隊の主体は騎兵や砲兵よりも歩兵であるべきであると考えていた。騎兵は急襲や追撃で有効であるが、歩兵部隊の支援が不可欠であることから主体ではありえず、砲兵という戦力はギベールが期待する機動力から考えれば鈍重過ぎる戦力であった。そして歩兵部隊は縦隊で迅速に機動することを提案し、また補給の方法として倉庫方式ではなく現地調達が望ましいと考えていた。