ジャック製菓
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〒577-0809
大阪府東大阪市永和3-1−26
北緯34度39分44.98秒 東経135度34分34.33秒 / 北緯34.6624944度 東経135.5762028度座標: 北緯34度39分44.98秒 東経135度34分34.33秒 / 北緯34.6624944度 東経135.5762028度
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 |
〒577-0809 大阪府東大阪市永和3-1−26 北緯34度39分44.98秒 東経135度34分34.33秒 / 北緯34.6624944度 東経135.5762028度座標: 北緯34度39分44.98秒 東経135度34分34.33秒 / 北緯34.6624944度 東経135.5762028度 |
| 設立 | 1948年5月 |
| 業種 | 食料品 |
| 法人番号 | 5122001003485 |
| 事業内容 | 駄菓子製造・卸 |
| 代表者 | 代表取締役 中野幹 |
| 資本金 | 1000万円 |
| 外部リンク |
jackseika |
ジャック製菓株式会社(ジャックせいか)は大阪府東大阪市に所在する製菓会社である。主に金券当たりくじ付き駄菓子の製造を行なっており、「ヤッター!めん」や「うんちくんグミ」などで知られる[1]。
幼児、児童向けの駄菓子を中心に製造、卸を行っている[2]。駄菓子屋での販売を念頭に置いた当たり付きの駄菓子を中心に製造を行うが、量販店では当たり付きの駄菓子の販売が難しいことから現在は当たり付きでない「おみくじ」付きとした商品も製造している[3][4]。社名のジャックはトランプのジャックに由来する[5]。
特徴的なイラスト、ネーミング、パッケージデザインは三代目社長の中野幹が自ら手掛けている[1][4][6]。大学卒業後の1975年(昭和50年)にジャック製菓に入社した幹が外注していたキャラクターイラストを今一つに感じ、自ら描いたキャラクターデザインが採用されたことでその後パッケージやおまけシールのイラストを担当するようになった[4]。かつては色付けも含めてすべて手描きしていたが、現在はアナログで輪郭を描き、パソコンで色付けを行っている[4]。
歴史
前身となる菊水軒は1921年(大正10年)ごろ、初代中野利一が谷町でおかき屋として創業したのが始まりである[3]。その後生野区に移転し菓子問屋を営むが、第二次世界大戦中、現在も社屋を構える東大阪市永和に疎開移転する[3]。戦後1948年(昭和23年)になると社名をジャック製菓に改めるが[2][5][7]、その数年後に初代利一が身体を壊したことで二代目社長の中野進に代替わりする[5]。この頃は奉天や五色豆、ニッキ棒などを作っていた[5]。1960年(昭和35年)ごろよりチョコレートを中心に駄菓子屋に卸す駄菓子の製造を始める[3]。
1982年(昭和57年)に金券くじ付きのチキン味スナック麺である「ヤッター!めん」を発売すると徐々にヒット商品となり同社を代表する商品となる[3][8]。借入をせず、手を広げすぎない堅実な経営で1980年代後半に菓子問屋の倒産、夜逃げが相次ぎ合計1500万円以上の未払金が発生した際も持ちこたえ、駄菓子屋の廃業が相次いだその後も大きく売り上げを落とすことなく微減に留めている[3]。
新型コロナウイルスの流行で売り上げが減少したことをきっかけにデジタル化にも取り組んでおり2020年(令和2年)にはヤッター!めんのLINEスタンプの発売を開始、翌2021年(令和3年)には公式ホームページ、通販サイトを開設している[9][10]。