ジャレット・ジャック
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クリーブランド・キャバリアーズでのジャック (2013年) | |
| デトロイト・ピストンズ AC | |
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| ポジション | PG |
| 役職 | アシスタントコーチ |
| 基本情報 | |
| 愛称 | J.J. J-Jack |
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1983年10月28日(41歳) |
| 出身地 | メリーランド州フォートワシントン |
| 身長(現役時) | 191cm (6 ft 3 in) |
| 体重(現役時) | 90kg (198 lb) |
| ウィングスパン(現役時) | 195cm (6 ft 5 in) |
| キャリア情報 | |
| 出身 | ジョージア工科大学 |
| ドラフト | 2005年 22位 |
| 選手経歴 | |
| 2005-2008 2008-2009 2009-2010 2010-2012 2012-2013 2013-2014 2014-2016 2017 2017-2018 |
ポートランド・トレイルブレイザーズ インディアナ・ペイサーズ トロント・ラプターズ ニューオーリンズ・ホーネッツ ゴールデンステート・ウォリアーズ クリーブランド・キャバリアーズ ブルックリン・ネッツ ニューオーリンズ・ペリカンズ ニューヨーク・ニックス |
| 指導者経歴 | |
| 2021-2023 2023- |
フェニックス・サンズ(AC) デトロイト・ピストンズ(AC) |
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Stats Basketball-Reference.com | |
ジャレット・マシュー・ジャック(Jarrett Matthew Jack、1983年10月28日 - )はアメリカ合衆国メリーランド州フォートワシントン出身の元プロバスケットボール選手で現指導者。NBAのデトロイト・ピストンズのアシスタントコーチを務めている。
高校卒業後、ジョージア工科大学でプレーした。2年次には、平均12.5得点、5.6アシストをあげて、チームがNCAAトーナメント決勝に進出するのに貢献した。3年次には平均15.5得点、4.8リバウンド、4.5アシストをあげた。最終学年には進学せず、NBAドラフトにアーリーエントリーを行った[1]。
NBA
ポートランド・トレイルブレイザーズ
2005年のNBAドラフトでデンバー・ナゲッツより全体22位で指名され、直後にポートランド・トレイルブレイザーズにリナス・クレイザ(ドラフト27位)、リッキー・サンチェス(同35位)と交換でトレードされた。2005年のルーキーシーズンはスティーブ・ブレイクやセバスチャン・テルフェアの控えとしての起用であり出場時間も限られていたが、2006年にブレイクがミルウォーキー・バックスへ、テルフェアがボストン・セルティックスへそれぞれ移籍するとネイト・マクミランHCによって先発ポイントガードとして起用されるようになった。2007年にブレイクがポートランドに舞い戻ると、ジャックは一時期シックスマンとして起用されることもあった。
インディアナ・ペイサーズ
2008年7月、ジョシュ・マクロバーツ、その年のドラフトで指名されたブランドン・ラッシュらとともに、アイク・ディオグ、ジェリッド・ベイレスとのトレードでインディアナ・ペイサーズへ移籍した[2]。 2008-09シーズンは全82試合に平均33.1分出場し、平均10.4得点、3.4リバウンド、4.1アシストをあげた。制限付きフリーエージェントのジャックにトロント・ラプターズがオファーを行い[3]、ペイザーズはラプターズのオファーにマッチせずジャックの移籍が成立した。
ニューオーリンズ・ホーネッツ
2010年11月、ペジャ・ストヤコビッチ(その後、ダラス・マーベリックスへ移籍。)らとの交換トレードでニューオーリンズ・ホーネッツへ移籍した[4]。
ゴールデンステート・ウォリアーズ
2012年7月11日、3チーム間のトレードで、ゴールデンステート・ウォリアーズに移籍[5]。2013年3月22日のサンアントニオ・スパーズ戦ではベンチスタートながら、30得点、10アシストを記録した。ベンチスタートした選手がこうした記録を達成したのは、1996年のマジック・ジョンソン以来のことであった[6]。2012-13シーズンは、NBAシックスマン賞の投票で3位となった[7]。先発4試合を含む79試合に平均29.8分出場し、平均12.9得点、3.1リバウンド、5.5アシストをあげた。
クリーブランド・キャバリアーズ
2013年7月12日、クリーブランド・キャバリアーズと契約を結んだ[8]。2013-14シーズンは先発31試合を含む80試合に出場し、平均9.5得点、2.8リバウンド、4.1アシストをあげた。
ブルックリン・ネッツ
2014年7月10日、ボストン・セルティックスを含む3チームによるトレードでブルックリン・ネッツに移籍した[9]。
2014年12月、ジョージア工科大学を卒業した。その足で同日ノースカロライナ州シャーロット行われるシャーロット・ホーネッツ戦に試合1時間前に合流した[10]。
2015年11月14日、ゴールデンステート・ウォリアーズ戦でオーバータイムの末敗れたが、自身キャリアハイとなる28得点を記録した[11]。2016年1月3日、ボストン・セルティックス戦で、右膝前十字靭帯の断裂と半月板を損傷し、残りのシーズンを全休[12]。6月30日に解雇された[13]。
ニューオーリンズ・ペリカンズ
2016年7月10日、アトランタ・ホークスと契約した[14]が、10月20日に解雇[15]。2017年2月24日にニューオーリンズ・ペリカンズと10日間契約を結んだ[16]。しかし、左膝を痛め、3月5日に解雇された。
ニューヨーク・ニックス
2017年9月15日、ニューヨーク・ニックスと契約した[17]。
スーフォールズ・スカイフォース
2019年3月5日、NBA G Leagueのスーフォールズ・スカイフォースと契約した[18]。
NBAGリーグ・イグナイト
2021年1月14日、NBAGリーグ・イグナイトと契約した[19]。
指導者
フェニックス・サンズ
2021年8月7日、フェニックス・サンズのアシスタントコーチに雇われた[20]。
デトロイト・ピストンズ
サンズでアシスタントコーチを務めていたときのヘッドコーチであるモンティ・ウィリアムズに招集されたことにより、2023年6月16日にデトロイト・ピストンズのアシスタントコーチに就任した。