ジャン=ポール・バッタジア
From Wikipedia, the free encyclopedia
1990年(平成2年)、アラン・サルドがプロデュースしたジャック・ドワイヨン監督の『ピストルと少年』にユニット製作主任としてクレジットされるのが、もっとも古い記録である[1]。同作はサルドのサラ・フィルムのほか、カナル・プリュスが製作に参加している。エドゥワール・ニエルマン監督の『カサノヴァ最後の恋』(1992年)からはサルドの製作会社がレ・フィルム・アラン・サルドに変わるが、引き続き、サルドのプロデュース作品の現場の製作を仕切る。
1993年(平成5年)のジャック・ドレー監督の『ある犯罪』を手がけた後、しばらくサルド作品を離れるが、1999年(平成11年)のディアーヌ・キュリス監督の『年下のひと』以降はふたたび関わることになる[1]。同年に撮影されたジャン=リュック・ゴダール監督の『愛の世紀』以降、ゴダール作品の製作に関わるようになる。
2010年(平成22年)公開のゴダール作品『ゴダール・ソシアリスム』の製作に参加している[2]。手がける作品はメジャー作品が多く、日本での公開作も多い[3]。