ジュリオ・ミリアッチョ
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| 名前 | ||||||
| ラテン文字 | Giulio Migliaccio | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1981年6月23日(44歳) | |||||
| 出身地 | ムニャーノ・ディ・ナーポリ | |||||
| 身長 | 178cm | |||||
| 体重 | 72kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム |
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| ポジション | MF (DH, CH) | |||||
| 背番号 | 8 | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1998-2000 |
| 10 | (0) | |||
| 1999-2000 |
→ | 29 | (5) | |||
| 2000-2001 |
| 0 | (0) | |||
| 2001-2003 |
| 59 | (0) | |||
| 2003-2005 |
| 36 | (0) | |||
| 2005-2007 |
| 78 | (4) | |||
| 2007-2013 |
| 158 | (8) | |||
| 2012-2013 |
→ | 24 | (1) | |||
| 2013-2017 |
| 60 | (2) | |||
| 代表歴 | ||||||
| 2000-2002 |
| 4 | (0) | |||
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1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
ジュリオ・ミリアッチョ(Giulio Migliaccio, 1981年6月23日 - )は、イタリア・カンパニア州ナポリ県ムニャーノ・ディ・ナーポリ出身の元サッカー選手。ポジションはMF。
クラブ
豊富な運動量を武器とする守備的ミッドフィールダー。必要に応じてセンターバックとしてもプレーすることができる。地元のクラブ、サヴォイアの下部組織で育ち、1998年デビュー。プロデビュー時はストライカーとしてプレーしていた[1]。サヴォイアは翌年セリエBに昇格したが、ミリアッチョはセミプロのプテオラーナに期限付き移籍した。プテオラーナでは主力としてセリエD優勝に貢献[2]し、イタリアのユース代表にも招集された。充実のシーズンを過ごしたミリアッチョは3部へ降格したクラブに主力として戻ってきたが、開幕戦に出場したのみでセリエAのバーリに移籍、20歳でトップリーグでプレーするチャンスを得た。
しかしバーリでは全く試合に出ることができず、1シーズンで4部のジュリアーノへ放出されてしまった。ジュリアーノではすぐさま主力に定着し、2部テルナーナでのプレーを経て2005年1月にアタランタに移籍。5年越しのセリエAデビューを果たし、主力に定着した。しかしクラブは降格。セリエBでの新シーズン、ミリアッチョは新任のステファノ・コラントゥオーノ監督のもとで成長し、セリエB優勝の原動力となった。再びセリエAに挑んだ2006-07シーズンも主軸としてアタランタの8位に貢献、シーズン後にコラントゥオーノと共にパレルモに移籍。移籍金500万ユーロ[2]。
パレルモのレジェンド、エウジェニオ・コリーニの代役として期待されたミリアッチョだったが、ミリアッチョとコリーニはタイプの違う選手であり、パレルモはコリーニ不在が響いて低迷。コラントゥオーノは11月に解任された。しかしミリアッチョ自身はそのプレーやキャプテンシーを評価され、その後も主力としてチームを牽引した。2012年夏に5年過ごしたパレルモを去り、買取オプション付きの期限付き移籍でフィオレンティーナに加入。2013年夏、古巣アタランタへ7シーズンぶりに復帰した。2017年5月29日、シーズン終了後に引退することを表明した。