ジョシュア・レッドマン
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カリフォルニア州バークレーで生まれ、同じくジャズ・サックス奏者のデューイ・レッドマンを父に持つ[1]。ただし、少年時代には父デューイが家にいたことは少なく、後年のインタビューにおいて「私がニューヨークに出るまでは、彼(デューイ)との関係は決して深くなかった」と語っている[2]。最初はクラリネットを始め、10歳頃にサックスに転向した[1]。
ハーバード大学では社会学を専攻し、卒業後の1991年にはイェール・ロー・スクールで学び始めたが、同年ニューヨークへ移り、セロニアス・モンク・インターナショナル・ジャズ・コンペティションで優勝[1][2]。それをきっかけにワーナー・ブラザース・レコードとの契約を得てプロ・デビューを果たすが、デューイは当初、息子がミュージシャンになることに反対したという[2]。
2作目のアルバム『WISH』(1993年)では、父デューイゆかりのミュージシャンであるパット・メセニー、チャーリー・ヘイデン、ビリー・ヒギンスをサイドに迎え、注目を集めた。続く『ムード・スウィング』(1994年)は、ブラッド・メルドー、クリスチャン・マクブライド、ブライアン・ブレイドといった同世代のミュージシャンと共に録音された[1]。また、1997年にはローリング・ストーンズのセントルイス公演にゲスト参加して「友を待つ」でサックス・ソロを演奏し、その模様は1998年発売の映像作品『ブリッジズ・トゥ・バビロン・ツアー』に収録された[3]。
その後、サム・ヤエルおよびブライアン・ブレイドと共に「エラスティック・バンド」、「YAYA3」といった名義で、よりファンキーな作品も発表している[1]。2004年からは、「サンフランシスコ・ジャズ・コレクティブ (SFJAZZ Collective) 」も率いて活動してきた[4]。
2009年のモントリオール国際ジャズフェスティバルでは、7月4日のステージでアーロン・パークス、マット・ペンマン、エリック・ハーランドと共演し[5]、2011年には同ラインナップによるバンド「ジェイムス・ファーム (James Farm)」のデビュー・アルバムを発表した[6]。
2020年には、約26年ぶりにメルドー、マクブライド、ブレイドとのカルテットを復活させてアルバム『ラウンドアゲイン』を発表し、2022年にも同じラインナップによるアルバム『ロング・ゴーン』を発表した[7]。