ジョセフ・キャロン
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経歴
キャロンは1972年にカナダ外務省に入省して以来、アジアとの貿易畑を中心にキャリアを重ねてきた。最初に配属されたのはカナダ通商部である[3]。1973年から1975年にかけてトルコ大使館で二等書記官(商務担当)として勤務した。1975年から1977年まで横浜の米国日本語研修所で日本語を学び、1977年から1980年までは東京のカナダ大使館で一等書記官(商務担当)を務めた[4]。
1980年からはオタワの本省に戻り、インドシナ・東南アジア課次長を務めた。1982年から1984年までトルドー政権下の枢密院事務局に出向し、外務国防担当書記官を務めた。1987年から1989年には2度目の日本勤務を経験し、参事官兼領事の任を果たした[4]。
1990年代になると本省の国際経済課長や次官補として主要国首脳会議(G8サミット)やアジア太平洋経済協力(APEC)を担当した。APECでは高級実務者を務め、経済サミットには8回にわたり参加し、カナダ首相出席の一切をとりしきった[3]。
2001年からは中国大使(モンゴル、朝鮮民主主義人民共和国の大使も兼務)として北京に赴任した。2005年からは日本大使、2008年からはインド高等弁務官を務め(ネパール、ブータンの大使も兼務)、2010年に外務国際貿易省を退職した。これまでのところ日中印三か国のカナダ大使を務めたのはキャロンだけである[5]。
2010年以降は、ジョセフ・キャロン社を設立し、日加間で取引する企業への助言を提供する[6]他、マニュライフ・フィナンシャル社外取締役[7]や、ヒーナンブレイキー法律事務所特別顧問[8]に就任するなど、ビジネスの世界に活動の場を移した。また、ブリティッシュコロンビア大学の名誉教授[9]や政府系シンクタンクのカナダ・アジア太平洋基金でフェロー[10]にもなっている。
なお、短期間ではあるが、1973年にサイゴンに赴任し、ベトナム国際管理監視委員会に参加して、平和維持活動や停戦監視の実際に触れる[11]。