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ジョルジョ・デ・キリコ

イタリアの画家 (1888-1978) From Wikipedia, the free encyclopedia

ジョルジョ・デ・キリコ(Giorgio de Chirico, イタリア語: [ˈdʒordʒo deˈkiːriko])1888年7月10日 - 1978年11月20日)は、ギリシャ人そしてイタリアの画家、彫刻家。形而上絵画派を興し、後のシュルレアリスムに大きな影響を与えた。姓は「デ・キーリコ」と表記される場合もある[1]。

生誕 Giorgio de Chirico
(1888-07-10) 1888年7月10日
ギリシャの旗 ギリシャ ヴォロス
死没 1978年11月20日(1978-11-20)(90歳没)
イタリアの旗 イタリア ローマ
教育 ミュンヘン美術院
概要 ジョルジョ・デ・キリコ, 生誕 ...
ジョルジョ・デ・キリコ
Giorgio de Chirico
ジョルジョ・デ・キリコ 1936年
カール・ヴァン・ヴェクテン撮影
生誕 Giorgio de Chirico
(1888-07-10) 1888年7月10日
ギリシャの旗 ギリシャ ヴォロス
死没 1978年11月20日(1978-11-20)(90歳没)
イタリアの旗 イタリア ローマ
国籍 イタリアの旗 イタリア
教育 ミュンヘン美術院
著名な実績 絵画、彫刻、素描、衣装とステージデザイン
運動・動向 形而上絵画、シュルレアリスム
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生涯

作品の評価

1912年にパリの無審査展覧会で作品を発表し始めた。アーチの並ぶ古典的な建築、古代ギリシャ風の彫刻、煙を吐いて走る機関車などを配した風景画は当時の流行とは全く異質なものであり、すぐには理解されなかった。

詩人で美術評論家のギヨーム・アポリネールに見い出されたことで、のちのダダイスム、シュルレアリスムに大きな影響を与えた。

カルロ・カッラやジョルジョ・モランディのような追随者も生んだ。

古典的な作風に転じ、晩年には幻想的な作風に回帰した。

また、意図的に作品に間違った制作年のサインを行ったと言われているが、その意図は未だに不明である。

非常な毒舌家で、著書にて同時代の画家たちを辛辣に批評している。

日本への影響

日本ではサルバドール・ダリと並んで人気が高いとされる。

影響例としては、吉原治良と難波田龍起(初期)の作品が挙げられる。

フランス経由で紹介されたため、ジョルジュと(フランス語表記で)紹介されることもある。

代表作

  • 通りの神秘と憂愁(1914)(個人蔵)
  • ヘクトールとアンドロマケの別れ(大原美術館)

著書(日本語訳)

  • 『キリコ回想録』 笹本孝・佐々木菫訳、立風書房、1980年
  • 『エブドメロス』 笹本孝訳、思潮社、1994年 ISBN 978-4783727552(原本は1970年に出版)

脚注

関連項目

外部リンク

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