ジョンベル憲兵分隊事件
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起訴
1948年5月29日に、オランダ軍バタビア法廷で、
起訴内容は、
- 1942年4月以降、1945年9月までの間に、検挙した男女の尋問に際して、拷問を行い、故意に飢えさせたり、拘禁室や狭い部室に数日間満員の状態で押し込めたりして、多数の被拘禁者を死に至らしめ、身心に多大の苦痛を与えたこと、
- 和田郁重[3]憲兵大尉について、オランダ国籍の女性を強制して慰安所に監禁し売春させたこと、
- 小高寛・元憲兵軍曹[4]ほか1名[5]について、1945年8月24日に、非合法に2名を殺害したこと[6]。
判決
1948年9月11日に、和田憲兵大尉・今野勝弥憲兵中尉以下6名に死刑、9人に5-20年の有期刑、2人に無罪の判決が下された[6]。なお和田と今野は1943年8月15日から同年12月末までバンドン憲兵分隊に所属し、この間にも検挙者への拷問・虐待およびこれによる致死があったとして同日付でそれぞれ禁固6年・10年の判決を受けた[7]。
脱走と処刑
1948年10月26日に、死刑判決を受けた和田、今野および小高が脱獄して逃亡したが発見されて未遂に終り、その際に和田は射殺された[6]。
1949年1月20日に残る5人の死刑が執行された[8]。