ノースイースト高校を卒業後、1959年にセントルイス・カージナルスと契約。1961年までマイナーリーグでプレーしたがメジャーデビューを果たすことはできなかった。
8シーズンのブランクの後、1970年に大洋ホエールズに入団。185cm、93kgの巨漢で首脳陣の期待もあったが、やはり長いブランクが影響し、キャンプの打撃練習で打撃の惨状が露わになった。しばらく守備要員で起用したが、5月27日の対阪神戦(川崎球場)で場外ホームランを含む3打数3安打と大当たりした[1]。調子が良かったのはこの試合のみで、打撃・守備とも良いところがなく、同年限りで退団した。