ジョン・ヴィジー (第2代ド・ヴェシー子爵)
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初代ド・ヴェシー子爵トマス・ヴィジーと妻セリナ・エリザベス(Selina Elizabeth、旧姓ブルック(Brooke)、初代準男爵サー・アーサー・ブルックの娘)の長男として、1771年2月15日にダブリンのキルデア・ストリートで生まれた[1]。ハーロー校を経て、1788年10月13日にダブリン大学トリニティ・カレッジに入学した[2]。
1796年から1797年までメアリーバラ選挙区の代表としてアイルランド庶民院議員を務めた[3]。
1804年10月13日に父が死去すると、ド・ヴェシー子爵位を継承した[1]。
1831年10月17日にクイーンズ・カウンティ統監に任命され、1855年に死去するまで務めた[4][5]。
1839年1月19日にアイルランド貴族代表議員に選出され[6]、1855年に死去するまで務めた[1][7]。貴族院では保守党に属し、穀物法廃止に反対票を投じたが、それ以外の投票記録は少なかった[1]。
