トマス・ヴィジー (第3代ド・ヴェシー子爵)

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ド・ヴェシー子爵夫婦、1870年撮影。

第3代ド・ヴェシー子爵トマス・ヴィジーThomas Vesey, 3rd Viscount de Vesci1803年9月21日1875年12月23日)は、イギリスの政治家、アイルランド貴族保守党に属し、庶民院議員、アイルランド貴族代表議員を務めた[1]

第2代ド・ヴェシー子爵ジョン・ヴィジーと妻フランシス・レティシア(Frances Letitia、1840年6月6日没、ウィリアム・ブラウンロー英語版の娘)の息子として、1803年9月21日にダブリンメリオン・スクエア英語版で生まれた[1]。1822年10月22日にオックスフォード大学クライスト・チャーチに入学、1825年にB.A.の学位を修得した[2]

1835年イギリス総選挙保守党候補としてクイーンズ・カウンティ選挙区英語版から出馬、787票(得票数1位)を得て庶民院議員に当選した[3]1837年イギリス総選挙では894票(得票数3位)で落選したが、1841年1847年の総選挙では無投票で当選した[3]1852年イギリス総選挙をもって議員を退任した[3]。庶民院ではおおむね党議にしたがって投票した[1]

1855年10月19日に父が死去すると、ド・ヴェシー子爵位を継承した[1]。1857年1月10日にアイルランド貴族代表議員に当選、1875年に死去するまで務めた[4]

1875年12月23日にロンドンカールトン・ハウス・テラスで死去、クイーンズ・カウンティ(現リーシュ県)のアビーリークス英語版で埋葬された[1]。長男ジョン・ロバート・ウィリアムが爵位を継承した[1]

家族

出典

外部リンク

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