ジョヴァンナ・フラテリーニ
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フィレンツェの名家に生まれた。トスカーナ大公フェルディナンド2世・デ・メディチの公妃、ヴィットーリア・デッラ・ローヴェレに仕える女官になった。公妃の支援で芸術を学び[1]、画家のアントン・ドメニコ・ガビアーニ(Anton Domenico Gabbiani)らに学んだ[2]。宮廷で音楽や絵画を学び、油彩やパステル画、エナメルミニアチュールなどを描いた[3]。肖像画を得意としたが、神話を題材にした作品なども描いた[4]。
18歳になった1684年にジョヴァンニ・フラテリーニ(Giovanni Fratellini)と結婚し、1690年に息子が生まれた[5] 。
シエーナのトスカーナ大公子妃、ヴィオランテ・ベアトリーチェ・ディ・バヴィエーラに依頼されて宮廷の多くの女性も描いた。トスカーナ大公妃に命じられて、ボローニャに送られ、大公妃の義理の妹、マリア・クレメンティナ・ソビエスカ(追放されたイングランドの老僭王ジェームズ・フランシス・ステュアートの妃)の肖像画も描いた。またヴェネツィアに旅し、ヴィオランテ・ベアトリーチェの親族の肖像画も描いた[3]。
ヴェネツィア滞在中に、ヴェネツィア出身の肖像画家で後にヨーロッパで高い人気を得た、ロザルバ・カッリエーラ(1675-1757)と会ったとされている。同時代のイタリアの女性肖像画家としてフラテリーニとカッリエーラは比較されることになる[3]。
1706年にフィレンツェの絵画アカデミーに入会し、1710年に正会員に選ばれた[2]。フィレンチェ生まれの女性画家、マリア・マダレーナ・バルダッチ(Maria Maddalena Baldacci: 1718–1782)やヴィオランテ・ベアトリーチェ・シリエ(1709-1783)を指導した。