スケネクタディ製の機関車が初めて日本に導入されたのは、1897年に鉄道作業局と九州鉄道に導入された21両(後の鉄道院5700形)である。その背景には、日清戦争後、急激に増大を見た輸送量に対応するため、安価で短期間に納入できるメーカーが求められたことがある。この時、スケネクタディは、良質なものを供給することに努め、とかく粗製濫造の評判のあったボールドウィンに対抗した。スケネクタディの製品は、ボールドウィンのような粗野さがなく、また必要以上に飾り立てることもない、上品なシンプルさが持ち味である。日本に入ったのは、アルコ統合後のスケネクタディ工場製のものを含めて13形式262両で、ボールドウィンには及ばないものの、鉄道作業局(→鉄道院)、日本鉄道、山陽鉄道、九州鉄道、北海道炭礦鉄道といった良質な得意先を持ち、資本力のある鉄道事業者がまとめて導入するケースが目立った。
名前が長く呼びづらいため、現場や鉄道愛好家の間では「スケネク」と略されることが多い。