ストーのテンプル伯爵
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| ストーのテンプル伯爵 Earl Temple of Stowe | |
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Arms:Quarterly: 1st and 4th, Quarterly Sable and Or a Bend Argent (Langton); 2nd, Gules a Fess between three Crosslets fitchée Or (Gore); 3rd, Sub-quarterly: 1st and 4th, Or an Eagle displayed Sable; 2nd and 3rd, Argent two Bars Sable each charged with three Martlets Or (Temple) Crests:1st: an Eagle Or and a Wyvern Vert their necks entwined reguardant (Langton); 2nd: on a Mount Vert an Heraldic Tiger salient Argent collared Gules (Gore); 3rd: on a Ducal Coronet a Martlet Or (Temple) Supporters:On the dexter side a Lion rampant per fess nebuly Or and Gules, gorged with a Ribbon of the last, pendant therefrom an Escutcheon of the arms of Langton, and on the sinister side a Horse Argent semy of Eaglets displayed Sable, gorged with a Ribbon Gules, pendant therefrom an Escutcheon of the arms of Gore
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| 創設時期 | 1822年2月4日 |
| 創設者 | ジョージ4世 |
| 貴族 | 連合王国貴族 |
| 初代 | 初代伯リチャード・テンプル=グランヴィル |
| 現所有者 | 9代伯ジェームズ・テンプル=ゴア=ランドン |
| 推定相続人 | ロバート・テンプル=ゴア=ラントン |
| 相続資格 | 初代伯の直系男子、男子なき場合は初代伯の孫娘アン及びその直系男子 |
| 付随称号 | なし |
| 現況 | 存続 |
| モットー | 寺院のなんと荘厳なことか (TEMPLA QUAM DILECTA) 壊れずに曲がれ (FRANGAS NON FLECTES) この旗のもと征服せん(IN HOC SIGNO VINCES) |
ストーのテンプル伯爵(英語: Earl Temple of Stowe)は、連合王国貴族の伯爵位。
第2代バッキンガム侯爵リチャード・テンプル=ニュージェント=ブリッジス=シャンドス=グレンヴィルが1822年にバッキンガム=シャンドス公爵位とともに叙されたのに始まる。この爵位はバッキンガム=シャンドス公爵位の廃絶後も特別継承規定による女系継承でテンプル=ゴア=ラントン家に継承されて現存している。

第2代バッキンガム侯爵リチャード・テンプル=ニュージェント=ブリッジス=シャンドス=グレンヴィル(1776–1839)は、1822年2月4日の勅許状で連合王国貴族爵位バッキンガム=シャンドス公爵(Duke of Buckingham and Chandos)やシャンドス侯爵(Marquess of Chandos)とともにバッキンガム州におけるストーのテンプル伯爵 (Earl Temple of Stowe,in the County of Buckingham)に叙せられた。バッキンガム=シャンドス公爵位やシャンドス侯爵位は通常通りの直系嫡出男系男子に限定される爵位だが、ストーのテンプル伯爵位は、男子なき場合に孫娘アン・エリザ・メアリー(-1879)とその男系男子に継承可能な特別継承規定が付けられていた。彼の一人息子リチャード・プランタジネット(1797–1861)にはこの時点では子供が娘のアン・エリザ・メアリーしかいなかったためである。ただしリチャード・プランタジネットはこの翌年の1823年に男子リチャード・プランタジネット・キャンベル(1823–1889)を儲けている[1]。
初代伯(初代バッキンガム=シャンドス公)の死後、その一人息子リチャード・プランタジネットが2代伯(2代バッキンガム=シャンドス公)を継承[1][2]。彼の死後はその一人息子リチャード・プランタジネット・キャンベルが3代伯(3代バッキンガム=シャンドス公)を継承した[1][3]。
この3代伯には女子しかなかったので、1889年の彼の死とともにバッキンガム=シャンドス公爵位以下保有爵位の多くは廃絶したが、ストーのテンプル伯爵位は上記の特別継承規定により2代伯の娘アンと庶民院議員ウィリアム・ゴア=ラントン(1824-1873)の間の長男であるウィリアム・テンプル=ゴア=ラントン(1847–1902)に継承されて存続した。彼は1892年にはテンプル姓を加えて「テンプル=ゴア=ラントン(Temple-Gore-Langton)」に改姓した[1][4]。
以降彼の男系男子によって2016年現在まで続いている。2016年現在の当主はジェイムズ・グレンヴィル・テンプル=ゴア=ラントン(1955-)である[1][5]。
テンプル=ゴア=ラントン家にこれ以外の保有爵位はないが、法定推定相続人はラントン卿(Lord Langton)という儀礼称号を使用するのが伝統である[1]
ストーのテンプル伯爵 (1822年)
- 初代ストーのテンプル伯爵リチャード・テンプル=ニュージェント=ブリッジス=シャンドス=グレンヴィル (1776–1839) 初代バッキンガム=シャンドス公
- 第2代ストーのテンプル伯爵リチャード・プランタジネット・テンプル=ニュージェント=ブリッジス=シャンドス=グレンヴィル (1797–1861) 2代バッキンガム=シャンドス公
- 第3代ストーのテンプル伯爵リチャード・プランタジネット・キャンベル・テンプル=ニュージェント=ブリッジス=シャンドス=グレンヴィル (1823–1889) 3代バッキンガム=シャンドス公
- 第4代ストーのテンプル伯爵ウィリアム・テンプル=ゴア=ラントン (1847–1902)
- 第5代ストーのテンプル伯爵アルジャーノン・ウィリアム・スティーブン・テンプル=ゴア=ラントン (1871–1940)
- 第6代ストーのテンプル伯爵シャンドス・グレンヴィル・テンプル=ゴア=ラントン (1909–1966)
- 第7代ストーのテンプル伯爵ロナルド・スティーブン・テンプル=ゴア=ラントン (1910–1988)
- 第8代ストーのテンプル伯爵ウォルター・グレンヴィル・アルジャーノン・テンプル=ゴア=ラントン (1924-2013)
- 第9代ストーのテンプル伯爵ジェイムズ・グレンヴィル・テンプル=ゴア=ラントン (1955-)
- 推定相続人は現当主の弟ロバート・シャンドス・グレンヴィル・テンプル=ゴア=ラントン (1957-)

