スピニッヂ・パワー

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スピニッヂ・パワーは1978年 - 1981年頃まで存在したバンド。所属事務所はビーイング

メンバーは大変流動的で固定されたことがバンドの歴史上確認できない。それゆえに「ビーイング的な手法の走り」とも言われる。キングレコードの洋楽レーベル「セブン・シーズ」からレコードが発売されたが、それはデビュー・シングル「ポパイ・ザ・セーラーマン」が同レーベルから発売された「ディスコお富さん」に続く企画として製作された事情からであった。尚、バンド名も「ほうれん草の力」であり、ほうれん草を食べてパワーアップするポパイに由来する。当時流行っていたディスコミュージック的な音楽を行っていたと音楽誌には紹介されることも多いが、現存するデモテープを聴く限り、そのジャンルの曲は半分ぐらいしかない。「ホット・サマー・レイン」の頃から、バンド内中心人物は固定され、寺西修一(後の氷室京介)がメインボーカルとしてメンバーとなり、テレビや雑誌に出るなどプロモーションにも注力するがヒットするに至らず、メンバーと事務所間との協議の末、解散となった。

織田哲郎が楽曲のほとんどの作曲も手がけた。3代目ボーカリストは後にBOØWYのボーカリストとなる氷室京介。ドラマーの木村マモルは後にBOØWYの初代ドラマーとなる。氷室は無理やり織田の後釜としてスピニッヂ・パワーに入れられたと言われるが、ボーカリストとして織田の存在は強く意識したと言う。

シングル「ポパイ・ザ・セーラーマン」のライナー・ノーツによるとアメリカスタジオ・ミュージシャンが演奏していることになっているが、実際には日本人によるバンドである。

ディスコグラフィ

在籍メンバー

脚注

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