スフントゥ・ゲオルゲ
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スフントゥ・ゲオルゲ (シェプシセントジョルジ) | ||
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県都 | ||
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![]() 位置図 | ||
| 北緯45度51分49秒 東経25度47分15秒 / 北緯45.86361度 東経25.78750度座標: 北緯45度51分49秒 東経25度47分15秒 / 北緯45.86361度 東経25.78750度 | ||
| 国 |
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| 県 | コヴァスナ県 | |
| 形態 | 県都 | |
| 政府 | ||
| • 市長 | アンタル・アールパード・アンドラーシュ (ハンガリー人民主同盟) | |
| 人口 (2002) | ||
| • 合計 | 61,543人 | |
| 等時帯 | UTC+2 (EET) | |
| • 夏時間 | UTC+3 (EEST) | |
| ウェブサイト | www.sfantugheorghe.ro/ | |
スフントゥ・ゲオルゲ(ルーマニア語: Sfântu Gheorghe、Sfîntu Gheorghe [ˈsfɨntuˈɡe̯orɡe])は、ルーマニアのコヴァスナ県にある自治体で、同県の県都。ハンガリー語名はシェプシセントジェルジ(Sepsiszentgyörgy [ˈʃɛpʃisɛɲɟørɟ])で、イディッシュ語ではסנט דשזארדזשと表記される。
ルーマニアのほぼ中央部に位置し、トランシルヴァニア地方のなかでも歴史が深い。バロト山地とボロク山地の合間を流れるオルト川沿いに築かれている。
住民の多くはセーケイ人(ハンガリー人)で、2002年国勢調査でも住民の75%が自身をハンガリー人と答えた。そのほか23%がルーマニア人で、あとロマなどが少数いる。
歴史
トランシルヴァニア地方で最も古い都市の一つであるスフントゥ・ゲオルゲは、1332年に初めて歴史上に登場する。都市の名は地元の教会で祀っていたゲオルギウスから取られた。歴史上、街はドイツ風のザンクト・ゲオルゲンという名でも知られる。
ハンガリー王国領時代、街はハーロムセーク県(現 コヴァスナ県とブラショフ県の一部)の政治・経済の中心地になった。19世紀後半には繊維とタバコの工場が置かれ、軽工業が発展した。第一次世界大戦が終結し1920年にトリアノン条約が結ばれると、ルーマニア王国の一部となった。しかし、1940年に第二次ウィーン裁定が定められてから4年間はハンガリーの支配下に置かれた。第二次世界大戦後に結ばれたパリ条約では、街を含むトランシルヴァニア地方はルーマニア領と認められた。
現在、スフントゥ・ゲオルゲはこの地方におけるセーケイ人の中心拠点となっている。彼らは街を「セーケイの地」という意味のSzékelyföldと呼んでいる。街にはセーケイ人国立博物館があるほか、年に二回役所が物産祭を催している。
