スルアン島
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座標
北緯10度45分49秒 東経125度57分23秒 / 北緯10.76361度 東経125.95639度座標: 北緯10度45分49秒 東経125度57分23秒 / 北緯10.76361度 東経125.95639度
諸島
フィリピン
地方
東ヴィサヤ地方 Region VIII
| 現地名: Isla han Sulu-an | |
|---|---|
| 地理 | |
| 座標 | 北緯10度45分49秒 東経125度57分23秒 / 北緯10.76361度 東経125.95639度座標: 北緯10度45分49秒 東経125度57分23秒 / 北緯10.76361度 東経125.95639度 |
| 諸島 | フィリピン |
| 隣接水域 | |
| 行政 | |
| 地方 | 東ヴィサヤ地方 Region VIII |
| 州 | サマール州 |
| 自治体 | ギワン |
| バランガイ | スルアン |
| 人口統計 | |
| 住民の呼称 | Sulu-anon |
スルアン島はフィリピン東サマル州ギワンの島。レイテ湾東方、フィリピン海溝の西に位置する。この島はフェルディナンド・マゼランのアルマダ号の最初の停泊地とみなされている。
1521年3月17日、マゼランは98日の太平洋横断航海の末にこの島で錨を下ろした。サマール島やミンダナオ島が彼らの最初の上陸目的地であったが、マゼランは安全対策として投錨場所に住民の少ないであろうより小さな島を選んだ。ローレンス・バーグリーンの書籍Over the Edge of the Worldによると、"彼らはスルアン島に向かい、数時間の休憩のために錨を下ろした"とされる。彼らが次に錨を下ろしたのはホモンホン島であり、そこで現地住民と数週間を過ごし、最終的にリマサワ島に向かい、1521年3月31日にそこで初めてキリスト教のミサが行われた。
島の名は夜釣りで使われていた地元の言葉で、ワライ語でともしびを意味する'sulo'からきている。地元漁師にとってともしびを持つ人々を意味する言葉である。
第2次世界大戦においては連合軍が最初に日本から奪還したフィリピンの地となった。1944年10月17日、米第6レンジャー大隊がディナガット島、ホモンホン島、スルアン島に上陸し、マッカーサー率いる本隊がレイテ湾に進むうえでの入り口を確保している。レイテ島への上陸はその3日後のことであった。