セネシャル管区・バイイ管区

通常は執行吏の管轄区域 From Wikipedia, the free encyclopedia

セネシャル管区(セネシャルかんく、フランス語: sénéchaussée)とバイイ管区(バイイかんく、フランス語: bailliage)はフランス王国の国王役人と管轄区(どちらも複数)の呼称[1]

王領の北・東部はバイイ(フランス語: bailli),南・西部はセネシャル(フランス語: sénéchal)が管轄した。地方における国王の権利(行政権)を代行し下級法院(地方高等法院の支部)をにない地方軍事なども行った。両者は16世紀以降実態を失いルイ14世以降は国王アンタンダンにその地位を取って代わられた。

概要

セネシャル管区とバイイ管区の境界
セネシャル管区とバイイ管区の境界(1798年)

カペー朝以降歴代フランス国王は王領を増やしていき、国王一人では王領全土を統治することが困難になった。王領の北東部ではバイイ、南西部はセネシャルと呼ばれる役人たちが、王の代官として統治することになった。両管区は王領が増えるに連れてその数も役人増えていくことになり、段々と徴税や州軍の管理、徴兵なども管区ごとに行われた。課税対象も管区ごとに変わっていった。

しかし、アンリ4世以降は腐敗化した州総督やセネシャル管区・バイイ管区よりもアンタンダン(財政アンタンダン)が重要視され、ルイ14世の時代からは財政、軍事、行政などもアンタンダンにより奪われ、両管区の存在は完全に形式上のものになった。

フランス革命で州、アンタンダンとともに両管区も廃止された。

またほぼ全てのセネシャル管区のほうがバイイ管区よりも管轄範囲が広範囲におよぶ。

脚注

参考文献

外部リンク

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