セルジオ・フィオレンティーノ
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ナポリ音楽院にてルイジ・フィニツィオとパオロ・デンツァに師事し、1946年に修了証書を取得。1948年にザルツブルクでカルロ・ゼッキのマスタークラスを受講する。
1953年にニューヨークのカーネギーホールにて全米デビューを果たす。だが翌年にはアルゼンチンとウルグアイでの演奏旅行中に、あわや大惨事の飛行機事故に乗り合わせたために、演奏活動を縮小せざるを得なくなる。これによって母校ナポリ音楽院の教員となった。
1950年代後半にイタリアとイングランドにおいて演奏活動の再出発を切り、この頃(1958年~1965年)に大半の録音が制作された。しかし再び舞台から退くと、数少ない公開演奏をイタリアにのみ絞って行うようになり、再度マスタークラスで定期的に指導を行うようになる。
1993年にナポリ音楽院を退職すると、再びイタリア国外でいっそうの公開演奏を行い、ドイツやフランス、アメリカ、台湾を訪れた。交渉の末にロシアやカナダでも契約が結ばれたが、1998年にナポリの自宅で急死したため、いずれの契約も実現を見なかった。