セントジョンズの戦い

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場所ニューファンドランド植民地セントジョンズ
北緯47度34分14.88秒 西経52度41分56.75秒 / 北緯47.5708000度 西経52.6990972度 / 47.5708000; -52.6990972座標: 北緯47度34分14.88秒 西経52度41分56.75秒 / 北緯47.5708000度 西経52.6990972度 / 47.5708000; -52.6990972
結果 フランスの勝利
セントジョンズの戦い
アン女王戦争

1755年当時のイル・オルレアン島ドーファン要塞
1709年1月1日
場所ニューファンドランド植民地セントジョンズ
北緯47度34分14.88秒 西経52度41分56.75秒 / 北緯47.5708000度 西経52.6990972度 / 47.5708000; -52.6990972座標: 北緯47度34分14.88秒 西経52度41分56.75秒 / 北緯47.5708000度 西経52.6990972度 / 47.5708000; -52.6990972
結果 フランスの勝利
衝突した勢力
フランス王国の旗フランス王国
ミクマク
アベナキ族
グレートブリテン王国の旗グレートブリテン王国
指揮官
ジョゼフ・ド・モンベトン・ド・ブルイヨン・ド・サントビド
ルイ・ドニ・ド・ラ・ロンド
トマス・ロイド
(駐屯軍指揮官)
ジョージ・ベイン
戦力
フリゲート艦ビーナス(ヴェヌ)からの召集とフランス系入植者、先住民164 正規兵80、入植者400 
被害者数
戦死3、負傷11 捕虜480
セントジョンズの位置(ニューファンドランド・ラブラドール州内)
セントジョンズ
セントジョンズ
ニューファンドランド

セントジョンズの戦い(セントジョンズのたたかい、英語: Battle of St. John's)は、1709年1月1日イギリスグレートブリテン王国植民地であったセントジョンズに、フランス奇襲をかけ、占領した戦いである。この地は後にイギリスが奪還し、1713年ユトレヒト条約でイギリス領となり、その後フランス人入植者は、イル・ロワイヤル、現在のケープ・ブルトン島へと移転した。

ニューファンドランドの争奪

脚注

参考文献

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