セントチャールズ・アベニュー沿いの邸宅
19世紀前半には、リー・サークル (当時は「チボリ・サークル (Tivoli Circle)」と呼ばれていた) から上流の部分は、「ニェイズ・ストリート (Nyades Street)」の名称で知られていた。
セントチャールズ・アベニューは、のちにセントチャールズ路面電車となる「ニューオーリンズ・アンド・キャロルトン鉄道」の建設計画に伴い、古い堤防の跡に沿って造られた。
公共交通機関が中央に位置するこの通りの存在により、アップタウン地域は開発が進んだ。20世紀の初頭に至るまで、通り沿いには富裕層の邸宅が建設され続けた。
この地域は歴史的保存区域に指定されたが、指定される以前の20世紀の半ばから後半にかけて、老朽化した邸宅の多くが取り壊されてしまった。古い邸宅の多くがアパート、分譲マンションに小分けする改装が施されたり、あるいは事務所、小規模なホテル、図書館などに使われたりしているが、未だに単独の私邸として利用され続けているものもある。
1999年の初めに、ニューオーリンズ警察が通り沿いとその北側の地域の治安改善策を取った結果、麻薬取引はこの地域からなくなり、セントラル・シティ地域まで後退した。
2005年のハリケーン・カトリーナによる堤防の決壊時も、セントチャールズ・アベニューとアップタウンのミシシッピ川に近い地域は、大きな水害は受けなかった。