センピル卿
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ジョン・センピル(-1513)が1489年頃にセンピル卿(Lord Sempill)に叙せられたのに始まる。この初代卿は1504年にロックウィノックの所有地に協同教会を創設したが、1513年のフォルデンの戦いで戦死している[1][2]。
8代卿フランシス・センピル(1660頃–1684)まで初代卿の男系男子で継承されたが、8代卿は子供のないまま1684年4月4日に死去した。この際に8代卿の姉(妹)であるアン(-1695)とその夫で1685年に一代貴族爵位グラスフォード卿(Lord Glasford)に叙せられたフランシス・アバークロンビー(Francis Abercromby)がアンへの継承を請求し、1688年5月16日にそれが認められてアンが9代センピル女卿となった。またこの際に彼女の子孫について男子がない場合に女子に継承される旨の規定が付けられた[1][3]。
以降15代卿セルカーク・センピル(1788–1835)まで彼女の男系男子で続いたが、15代卿が子供無く死去したことでその妹マリア・センピル(1790–1884)が16代女卿を継承した[1][4]。彼女も子供なく死去したので13代卿ジョン・センピル(-1782)の末娘サラの孫でノヴァスコシア準男爵位の第8代(クライギーヴァーの)準男爵位を持つウィリアム・フォーブス(1836–1905)が17代卿を継承した。この際に彼は「フォーブス=センピル(Forbes-Sempill)」に改姓した[1][5]。
19代卿ウィリアム・フォーブス=センピル(1893–1965)は、様々な航空記録を打ち立てた海軍パイロットだったが、日本のスパイとなり、日本に軍事機密を流して1941年に海軍から追放された[1][6]。
19代卿には女子しかなかったため、19代卿の死後には長女アン・モイラ・フォーブス=センピル(1920–1995)が20代女卿を継承した[1][7]。一方女子が継承できない準男爵位は19代卿の弟ユアン・フォーブス(1912-1991)に継承されたため、両称号はここで分離している[1][8]。
現在の当主は20代女卿の長男である21代卿ジェイムズ・センピル(1949-)である[1][9]。現当主はエディンバラに在住している[1]。
センピル卿 (1489年頃)

- 初代センピル卿ジョン・センピル (-1513)
- 2代センピル卿ウィリアム・センピル (-1552) 先代の息子
- 3代センピル卿ロバート・センピル (1505頃–1576) 先代の息子
- 4代センピル卿ロバート・センピル (-1611) 先代の孫
- 5代センピル卿ヒュー・センピル (-1639) 先代の息子
- 6代センピル卿フランシス・センピル (1622頃–1644) 先代の息子
- 7代センピル卿ロバート・センピル (-1675) 先代の弟
- 8代センピル卿フランシス・センピル (1660頃–1684) 先代の息子
- 9代センピル女卿アン・アバークロンビー (-1695) 先代の姉(妹)
- 10代センピル卿フランシス・センピル (1685頃–1716) 先代の息子
- 11代センピル卿ジョン・センピル (-1727) 先代の弟
- 12代センピル卿ヒュー・センピル (1688–1746) 先代の弟
- 13代センピル卿ジョン・センピル (-1782) 先代の息子
- 14代センピル卿ヒュー・センピル (1758–1830) 先代の息子
- 15代センピル卿セルカーク・センピル (1788–1835) 先代の息子
- 16代センピル女卿マリア・センピル (1790–1884) 先代の妹
- 17代センピル卿ウィリアム・フォーブス=センピル (1836–1905) 先代の従甥(従兄妹の息子)
- 18代センピル卿ジョン・フォーブス=センピル (1863–1934) 先代の息子
- 19代センピル卿ウィリアム・フランシス・フォーブス=センピル (1893–1965) 先代の息子
- 20代センピル女卿アン・モイラ・フォーブス=センピル (1920–1995) 先代の娘
- 21代センピル卿ジェイムズ・ウィリアム・ステュアート・ホワイトモア・センピル (1949-) 先代の息子
- 法定推定相続人は、現当主の息子マスター・オブ・センピル(儀礼称号)フランシス・ヘンリー・ウィリアム・センピル (1979-)

