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センピル卿

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センピル卿
Lord Sempill
創設時期1489年12月7日
創設者ジェームズ4世
貴族スコットランド貴族
初代初代卿ジョン・センピル(英語版)
現所有者21代卿ジェームズ・センピル
相続人フランシス・センピル閣下
付随称号なし
モットー約束を守れ(Keep Tryst)

センピル卿(英語: Lord Sempill)は、スコットランド貴族のロード・オヴ・パーラメント。

1489年頃にジョン・センピル(英語版)が叙されたのに始まる。

ジョン・センピル(英語版)(-1513)が1489年頃にセンピル卿(Lord Sempill)に叙せられたのに始まる。この初代卿は1504年にロックウィノック(英語版)の所有地に協同教会(英語版)を創設したが、1513年のフォルデンの戦い(英語版)で戦死している[1][2]。

8代卿フランシス・センピル(1660頃–1684)まで初代卿の男系男子で継承されたが、8代卿は子供のないまま1684年4月4日に死去した。この際に8代卿の姉(妹)であるアン(-1695)とその夫で1685年に一代貴族爵位グラスフォード卿(Lord Glasford)に叙せられたフランシス・アバークロンビー(Francis Abercromby)がアンへの継承を請求し、1688年5月16日にそれが認められてアンが9代センピル女卿となった。またこの際に彼女の子孫について男子がない場合に女子に継承される旨の規定が付けられた[1][3]。

以降15代卿セルカーク・センピル(1788–1835)まで彼女の男系男子で続いたが、15代卿が子供無く死去したことでその妹マリア・センピル(1790–1884)が16代女卿を継承した[1][4]。彼女も子供なく死去したので13代卿ジョン・センピル(-1782)の末娘サラの孫でノヴァスコシア準男爵位の第8代(クライギーヴァーの)準男爵(英語版)位を持つウィリアム・フォーブス(英語版)(1836–1905)が17代卿を継承した。この際に彼は「フォーブス=センピル(Forbes-Sempill)」に改姓した[1][5]。

19代卿ウィリアム・フォーブス=センピル(1893–1965)は、様々な航空記録を打ち立てた海軍パイロットだったが、日本のスパイとなり、日本に軍事機密を流して1941年に海軍から追放された[1][6]。

19代卿には女子しかなかったため、19代卿の死後には長女アン・モイラ・フォーブス=センピル(1920–1995)が20代女卿を継承した[1][7]。一方女子が継承できない準男爵位は19代卿の弟ユアン・フォーブス(英語版)(1912-1991)に継承されたため、両称号はここで分離している[1][8]。

現在の当主は20代女卿の長男である21代卿ジェイムズ・センピル(1949-)である[1][9]。現当主はエディンバラに在住している[1]。

センピル卿 (1489年頃)

フォーブス家の紋章とクォータリングされたもの。17代卿 - 20代卿の紋章でもある。

センピル卿家の系図

関連項目

脚注

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