ゼーバルト・ベーハム
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ニュルンベルクで生まれた。弟に、後にバイエルン公ヴィルヘルム4世らの宮廷画家となり、肖像画家として有名になるバーテル・ベーハム(Barthel Beham: c.1502-1540)がいる。ゼーバルト・ベーハムの版画作品に残されたモノグラムから、ハンス・ゼーバルト・ベーハムと呼ばれることもあるが、その由来は不明である。その作品のスタイルから弟とともにアルブレヒト・デューラーの弟子であったと推定されている。
ドイツ農民戦争などの宗教的対立の混乱の後の1525年にベーハム兄弟は画家、版画家のゲオルク・ペンツとともに、無神論的な作品を出版したとして裁判にかけられ、ニュルンベルク追放の判決を受けた。追放の処分は後に許され1528年にニュルンベルクに戻るが、1529年に再び、卑猥な作品を出版した嫌疑をかれられたので、ニュルンベルクを逃れ、ミュンヘンに移った[1]。1530年と1531年の間はマインツのアルブレヒト枢機卿(Albrecht von Brandenburg)らから注文を受けて仕事をした。1532年頃、フランクフルトに移り、1540年にフランクフルト市民の資格を得て、亡くなるまでフランクフルトで活動し、多数の版画、聖書などの出版物の挿絵を制作した。